海の聲山の聲 (抜粋改作版)
海の聲山の聲
序 歌
鞠(まり)つく女(め)の兒(こ)手をやめて
虹よ虹よといふ聲に
窓を開けば西日さす
山に錦はかかりけり
家ことごとく虹ならば
歌ことごとく玉ならん
かく口ずさむ折からに
虹のかがやきいひしらず
もとより家は埴生(はにふ)にて
名もなき賤の物狂(ものぐるひ)
破(や)れたる窓にうづくまり
破れたる歌の作者なり
たまたま虹の現はれて
さびしき家を照らせども
なにとこしへにわが歌は
掃きて捨つべきあくたのみ
上 の 卷
一
道は古びぬ二名島(ふたなじま)
土佐の沖より流れきて
紀路に渦卷く日の岬
潮の岬にさわぎては
底に破れし浮城(うきしろ)の
鋼鐡(はがね)の板も碎くらん
五月雨(さみだれ)降れば荒れまさる
那智の御瀑(みたき)の末にして
泥を二つに分つ時
黃ばめる海を衝(つ)き進み
香(かぐ)の木の實を積み載せて
大冬海を直走(ひたばし)る
牟婁(むろ)の大人(おとな)の耳朶(ほだれ)にも
頻吹(しぶき)をかけて嘲笑(あざわら)ふ
海の流の黑潮は
今霜月の波頭
科戶(しなど)の風も吹き止みて
晴れわたりたる海の門(と)を
玉藻流るる日もすがら
顏赤黑きいさり男が
沖の海幸(うみさち)卜(うらな)はん
河の面は輝きて
志摩の岬を藍染の
緩(ゆる)き流れと成しぬかな
加賀の白山(しらやま)黑百合の
咲き絕ゆる間の長冬を
時じく空の惡くして
波路險(けは)はしき時化(しけ)續き
雪持つ風に吹き閉づる
海の一村うづもれて
橇(そり)も通はずなりぬれば
磯に幽鬼(すだま)の走るぞと
泣く子をおどす三越路の
北の雪國荒るる時
暗をはなれて光ある
秋津島根の表國
榕樹(あこう)繁れる屋久島の
南の果の海所(うみが)より
親潮ぬるむ陸奥(みちのく)や
黃金花咲く山根まで
伊豆の七島(ななしま)海境(うなざか)の
道の傘隈(かさぐま)大灘に
音も騷がぬ常世波(とこよなみ)
船は百日(ももか)を漂ひて
梶緖もとらぬ物ぐさの
蹲居(うづゐ)の膝やゆるぶらむ
登れば高き石階(きざはし)の
寺院(じゐん)の柱午(ご)に中(あた)り
圍(まろき)き光の輪を帶びて
誰荒彫の龍頭(たつがしら)
海に向ひて氣を吹くも
弱き炎のいかにして
下に沈める靑波の
凝れる膏(あぶら)を熔(と)き得べき
見渡す限りわだつみは
凪(な)ぎかへりたる秋日和
いはば淨めしちりひぢの
波の化生(けしやう)の鳥ならで
白きをかへす羽もなし
鐘樓に上ぼり杵(きね)をとり
力の限り撞(つ)く時に
白き壁より白き壁
波切(なきり)一村分限者(ぶげんじや)の
家の榎(えのき)に傳はれば
共鳴(ともなり)したる大木の
うめきは海にひろごりて
波の寐魂(ねだま)と成りにけり
此樓にして空を看る
西五ケ國雲の影
東五ケ國雪の花
南は靑き海にして
日本七十灘の内
十三灘を湛へたり
國誌傳へていひけらく
此寺巖(いは)の頂に
雲を帶びたる一つ星
危くかかる風情にて
夏の黑ばえ冬の朔風(きた)
雨と風とに晒(ざ)れにけり
秋更け渡る此頃を
美童の沙彌(しやみ)の現はれて
さと開きたる諸扉(もろとびら)
海の粧(よそほひ)花なれば
錆びたる鋲(びやう)もうごめきて
瞽(めし)ひたる身を悶ゆめり
師の坊いでて慇懃の
禮をつくすも嬉しきに
引いて艶蕗(つはぶき)黃(き)を潑(ち)らす
趣味ある庭を前にして
語る雄々しき物語
二
客人(まれびと)知るや海士(あま)の子が
十三歲になりぬれば
はじめていづる海の上に
腕は鋼鐡(はがね)の弓にして
それ一葉(えふ)の船の影
眼は精兵(せいびやう)の箭(や)に似たり
阿呍(あうん)の息の出入(いでいり)も
引く櫓押す櫓の右左
左に押せば日の惠
右にかへせば月の恩
海の獲物を積み載せて
水を蹴立つる驀地(ましぐら)や
空の景色のかはる時
海の備へは成りにけり
こは甲斐ありし初陣(うひぢん)ぞ
疾(と)く陣立をととのへよ
風雨(あらし)も起れ波も立て
わが胸板にぐさと立つ
一矢もあらば興ならん
生れしままの柔肌(やははだ)に
些(ちと)の疵だにあらざれば
兄者人(あにじやびと)にや氣壓(けお)されん
來れといひて聲高に
どつと笑へば海原の
果にあたりて貝鉦(かひがね)や
軍鼓(いくさつすみ)のどよめきに
旗さし物の白曇(しらぐもり)
曇りはてたるいくさ場の
流をみだる船の脚
いかり易きは件(とも)の男(を)の
嵐高浪手を擴げ
鷲摑みとぞきほひ來る
くぐりぬけたる少年の
頸(うなじ)は母が手に撫でし
產毛(うぶげ)の痕やそれならぬ
岬の岩を漕ぎ繞り
舷(ふなべり)うちてたはぶれし
幼きときにくらぶれば
ひととなりたるわが兒よと
流石に父はあらし男の
猛(たけ)き心も鈍るらん
其時浪は捲き立ちて
うしろにかへる闇打に
ともに立ちたるいたいけの
背(そびら)をうてばよろめきて
のめり伏したる板のうへ
また起きあがり海を見て
さてもきたなき眷族(けんぞく)の
ほこる手並はそれしきか
初手合(はつてあはせ)の見參(けんざん)に
恥なきもののい哀(あはれ)さよ
退(まか)れといひて勇ましく
艪のかけ聲にかけ合はす
幼き聲を侮りて
しかみ面なるはやて雲
脚空(あしぞら)ざまに下ろしきて
たちまち船をとり卷けば
黑白(あやめ)もわかぬ槍襖
篠つく雨の頻りなり
これにおそれぬ海の男の
船は天路(あまぢ)の彗星
直指(たださ)す方を衝(つ)き進み
波に泡立つ尾を曳きぬ
しばし程經て波すざり
風片陰に成りぬれば
かけ並べたる楯板の
苫(とま)に亂るる玉霰(たまあられ)
あたれば落ちて消えにけり
矢種盡きたる痴(し)れものの
今は苦しき敗軍(まけいくさ)
投げてつぶての目つぶしに
虛勢を張るか事可笑(をか)し
行けと叫びて押しきれば
家路は近し艪の力
安乘岬(あのりみさき)の燈臺は
美しき眼をしばたたき
人戀ふらしき風情なり
今は海路も暮れはてて
里のいそべに着きぬれば
濡れたる衣乾(ほ)しあヘず
をどりて運ぶ海の幸
聞きねと語るわが僧の
炭(す)びつの炭をつぐ時よ
魚見(うをみ)の小屋の貝が音(ね)に
海士の囀(さへづり)かしましく
かごを戴き女のこらも
網引(あびき)に急ぐ聲すなり
下 の 卷
一
時雨るる頃の空なれば
雲の色こそ定らね
虹に夕日にもみぢ葉に
刷毛(はけ)持つ神ぞ忙しき
岩切り通し行く水の
岸は花崗(みかげ)の波の花
たまたま淸水滲みては
根花生ひたり苔まじり
[やぶちゃん注:「根花」東北地方でワラビの根茎から精製した蕨粉(わらびこ)のこと「根花」とは言うが、意味が通らない。これは初出から見ても意味から見ても「根芹」の伊良子清白の誤字か、底本親本の新潮社のそれの誤植であろう。]
鹿(しし)追ふ子等が行き難(なや)む
流の石は圓(まろ)くして
蹄の痕もとどまらぬ
時雨の雨ぞ新なる
波越す岩に羽うちて
鶺鴒(せきれい)かける谷の上
流れ葉(は)嘴(はし)を掠め去る
瀧津早瀨(たきつはさせ)の水は疾(と)し
二
鉾杉(ほこすぎ)立てる宮川の
源近く分け入れば
昨日の夢のわだつみは
八重立つ雲ときえにけり
草分衣(くさわけごろも)霜白く
故鄕戀ふる旅人が
枕に通ふ山の聲
海のこゑとやきこゆらん
白日(まひる)の落葉小夜(さよ)の風
秋は暮こそ侘しけれ
深山の奧に菴(いほり)して
誰かきくらん山の聲
海の子われは荻(をぎ)葺(ふ)きて
網干す家をこのめばか
眞梶(まかぢ)繁貫(しゞぬぎ)帆綱くむ
海士(あま)の業(わざ)こそこひしけれ
海の子われはわだつみの
廣き景色をこのめばか
汐汲車汲み囃(はや)す
海の歌こそこひしけれ
今海遠く船見えず
何を思はむ渡會(わたらひ)の
南、熊野の空にして
雲の徂徠(ゆきき)や眺むべき
熊野の浦の島根には
浪こそ來よれ深みどり
うみの綠に比ぶれば
檜は黑し杉は濃し
森の下草秋花に
せめてはしのぶ海の色
熊野の浦のしまねには
鯨潮吹く其潮の
漂ふ限り泡立ちて
鶚(みさご)も下りぬ海原の
荒き景色を目に見ては
細谷川の八十隈(やそぐま)に
かかれる瀑(たき)も何かせん
三
今朝立ちいでて宮川の
水のほとりに佇(たたず)むに
流れて落つる河浪の
岩に轟き瀨に叫び
岸の木魂(こだま)と伴ひて
秋の悲曲を奏しけり
木々の落葉に葬りし
虫の骸(から)だに朽ちぬれば
岩を劈(つんざ)く鵯鳥(ひよどり)の
流れを越ゆるこゑならで
生きたるものの音もなし
見れば河床(かはどこ)荒れだちて
拳を固め肩を張り
人に鎧はあるものを
これは素肌の爭ひに
かたみにひるむ氣色なし
蛤仔(あさり)蟶貝(まてがひ)蛤(はまぐり)の
白くざれたる濱にして
花の籠(かたみ)に拾ふらん
海の樂み數盡きず
何とて山の峽間(はざま)には
秋の笹栗ゑみわれて
空しく水に沈むらん
四
岩ほをつたひ攀ぢ上ぼり
靑垣淵をうかがふに
獺(をそ)も返さむ斷崖(きりぎし)の
高さをくだる蔦蘿(つたかづら)
下に漂ふ靑波の
澱(よど)みに浮ぶ泡もなし
生命の影のさす每に
渦卷きたちぬ廣がりぬ
波色增しぬ漲りぬ
底ひに人を誘ふなる
常世(とこよ)の關はなかなかに
物も祕(ひそ)めず岩床の
隈に隱るる鰭(はた)のもの
陰行く群もさやかなり
知らずや月の夜半の秋
柝(たく)擊(う)つ老(おい)が白髮(しらかみ)も
氷りはつらん置霜(おくしも)の
寒き細路折れ下り
渡しの舟の艪を操りて
瘦せたる影やきえぎえに
浮ぶ彼方の水の末
知らずや木々も雪の朝
六つの花片飛び散れば
氷柱(つらら)かかれる岩廂(いはびさし)
棹(さも)もすべりて三吉野の
故鄕思ふ筏師が
蓑(みの)や拂はんかげもなき
狹き峽間の淵の上
五
仰げばすでに空晴れて
霧立ち迷ふ山の襞(ひだ)
秋の錦の紅葉(もみぢば)は
あらゆる山を染め成して
とはの沈默(しじま)のゐずまひを
くづせと着せしごとくなり
山走りして白雲の
黃雲にまじる境より
きらめきいづる日の光
山の眞額(まひたひ)かがやくも
海のごとくにけしきだち
わらひどよめき脚をあげ
よろこび躍るさまもなし
さてもあたりの山々は
或は頭を擡(もた)げつつ
あるは頸(うなじ)を屈(かゞ)めつつ
雲の脇息(ひぢつき)脇(わき)にして
眠ると見ゆる姿かな
六
今日栗谷(くりだに)の里に入り
櫛田(くしだ)の河も川上の
七日市(なのかのいち)を志す
草鞋の紐のとけ易き
蕎麥は苅りたる山畑の
あぜに折れ伏す枯尾花
返り咲する丹(に)つつじの
色褪せたるも寂しかり
登りて原と成る所
高きに處(を)りて眺むれば
行水(ゆくみづ)低し谷の底
巖を穿ち石を蹴る
白斑(しらふ)も見えず征矢(そや)の羽
岸に轟き瀨に叫ぶ
鍛工(かぬち)も打たず石の砧(とこ)
長き磐船(いはふね)方(けた)にして
盛(も)るか水銀(みづがね)きららかに
重みに底ひ窪むらん
それ輝くは光のみ
流れず行かず下に凝り
身を縮めたる鳥自物(とりじもの)
海の鷗のていたらく
石に嵌めたる象眼の
工(たくみ)を誰か爭はむ
ああ水煙湧き返る
水の勢いかなれば
山の尾上(をのへ)を行きかへる
人の眼に淀むらん
七
そも此川の源は
圖の境の岩襖
名も大臺の麓なる
眞冬の領(りやう)を流れいで
涼石(すずし)の洞にぬけ通ふ
大和の風におはれつつ
七里七村領内の
紙漉(かみす)く子等が皹(あかぎれ)の
手をだにこえて注ぐめり
栗谷川と落ち合ひて
夜ただねぶらぬ物語
一葉の水を潛(くぐ)るにも
千々のよろこび籠るらん
片陰篠生(すずふ)春されば
花の女神の杯(さかづき)の
椿葉がくれ咲きいでて
春雨重る川添の
稚樹(わかぎ)の枝の淺綠
下を流るる大河の
胸に綴れる瓔珞(やうらく)も
花緩やかに流れては
渦卷き入るる淵もなし
若し夫れ翼(つばさ)紀伊の國
一たび海をあふりなば
伊勢の國土は(くぬち)は潮煙
千年(ちとせ)の曆(こよみ)飜へる
野後(のじり)の宮の杉の木に
かかりみだるる秋の雲
多氣(たげ)の谷には火を擦りて
燃ゆる檜の林かな
神領(じんりやう)東足引の
山田が原に駈け下る
水の諸脛(もろはぎ)健やかに
岸をどよもす風神(ふうじん)の
短き臑(すね)も何かせん
八
杉の林の木下闇(こしたやみ)
雨もあらしも常(とこ)にして
晴るる間もなき窈冥門(かぐろど)の
神の荒びを誰か知る
谷に生命を刻(きざ)みては
月を見ぬ國の流れ星
名も無き花の紫に
瘦せたる莖をたふしたり
岨の細道幾廻り
嶮はしき坂をとめくれば
小霧の奧に幻の
動くを見たり氣疎(けうと)くも
それか深山の山賊(やまだち)が
こもる巖屋の石疊
霧の毛皮をかづぎては
靈(くし)ふる夢も多からん
蘿(かづら)犇(ひつし)とかけ結ぶ
不斷の封の固ければ
焚火(たきび)の煙しらじらと
立ちものぼらず岩の上
冬は小蓑(こみの)を欲しげなる
猿は面をあらはせど
馴れては殊に山人(やまびと)の
絕えてそれとも覺(さと)らざり
ここをよぎれば山めぐり
そがひになりて朗らかに
林もつきぬ久方の
雲の滿干(みちひ)の澪標(みをつくし)
尾上の巖を仰ぐかな
九
今頂上(いただき)に登り立ち
嚴に倚りて眺むれば
太初(はじめ)よ未だ剖(わか)れざる
混沌(おぼろ)の形現はして
早く成りたる人の子の
不具(かたは)を嘲(あざ)む形姿(なりすがた)
高山續き大臺(おほだい)の
鰾膠(にべ)なき峯を見放(みさ)くれば
うつる時世の蠱物(まじもの)の
雲も及ばず聳ゆめり
西高見山二ケ國の
境の山を隨へて
天津御國の號令の
あらば起(た)たんの身構へも
千年をあまた過ぎにけり
池木屋山(いけぎややま)の頂上(いただき)は
大和國原打ち渡し
あなときのまに積りぬと
古き都に降りしきる
錆(さび)に眼をさらすらん
北の方なる白星(しらぼし)は
八十年(やそとせ)過ぎて人の世に
はじめて影を落すとか
はてなき空にうつ伏して
身じろきもせぬ山なれど
天(てん)の齡(よはひ)に比ぶれば
またたく隙を飛びすぐる
日影の身にも似たらずや
ありと名のりて宇宙(ひさかた)の
いたるところに顯(あら)はるる
時より時の燭火(ともしび)の
ひかりを點(とも)すそのものよ
今も昔も雄叫(をたけ)びて
こはあらずてふ燒金(やきがね)を
かれの額に捺(お)し得たる
不死身(ふじみ)の猛者(もさ)のあらざるよ
見ればいつしか黃を帶びて
とくかはりたる山の色
人の眼の鈍くして
そのけぢめだにわかねども
かつては白き濤を揚(あ)げ
かつては紅き火を飛ばし
一つの命過ぎぬれば
一つの命あらはれて
今は凝りたる其すがた
ただ束(つか)の間の光にも
直指(たださ)す方よひしめきて
完全(またき)を得んと色に出て
音に出て物を思ふかな
人は健氣(けなげ)に戰ひぬ
血に塗(まみ)れたる其衣
白き柩(ひつぎ)に代ふるには
あまりにやすきいけにへよ
聖(ひじり)の書(ふみ)を高あげて
渇きは堪へぬ唇に
濃き一と雫かかりなば
ころすも絕えてうらみじに
學術(まなび)よ詩歌(うた)よ教法(をしへ)さへ
ただ一と時の榮(さかえ)にて
朽つるに人の得堪へんや
櫟林(くぬぎばやし)の捨沓(すてぐつ)に
巢ぐふは山の鶯か
求食(あさ)り後れてうゑ死ぬも
心臟(こころ)は霜に消えもせで
落葉の下に殘るらん
わが居る岩は白草(しろぐさ)の
九十九(つくも)の髮をはららかし
物を怨ずるさまにして
もしはすてたる山姥(やまうば)の
化(な)りいでたるとおどろきて
坂を下ればあわただし
われはあまりに空想(ゆめ)の兒と
まなこを拭ひうち仰ぎ
またとどまりし山路かな
甕(かめ)を碎きて悲しめる
童女(どうによ)をわれの妻として
こもらばいかにうれしきと
おもひし谷ははるかにて
いまだ山脈(やまなみ)驚かず
四つの界(さかひ)に寂寥(さびしさ)の
漂ふ限り雲なれば
止(や)んぬるかなや名も戀も
快樂(けらく)も醉(ゑひ)も一にぎり
すてて立ちけり
冷えし足蹠(あうら)に
[やぶちゃん注:これは既に電子化した明治三七(一九〇四)年一月一日発行『文庫』に発表された「海の聲山の聲」(「序歌の一」「序歌の二」「上の卷」(内で「一」及び「二」に分かれる)「下の卷」(内で「一」から「九」に分かれる)の大パート四篇から成る長詩)の、「序歌の一」と「上の卷」の「二」から最後までの部分を独立させ、内容に手を加えた新潮社版「伊良子清白集」所収のものである。表記違いはもとより、表現自体或いはシチュエーションそのものを有意に変更している部分も認められる。比較されたい。]