屑屋の籠 伊良子清白
屑屋の籠
八千八聲のほととぎす
路地(ろぢ)で啼く
屑屋の籠はおもしろや
女の痴話文(ちわぶみ)まづ可笑し
三下(みくだ)り半は
投げのなさけのあとはかなしや
引き裂いた
寫眞をえこそ燒きもせで
大象も繫ぐ丈(たけ)なす黑髮は
色慾の奴(やつこ)ひたすらに
憂身(うきみ)を寠(やつ)す
さつても笑止の
紅(あか)い手がらが
秋の枯葉と色槌せて
月も盈(み)ち缺け
櫛の小割(こわ)れは緣起でないよ
男もすなる白粉の壺
とかくうき世はぎあまんの
破(わ)れもの用心さつしやりませ
練物(ねりもの)の
珊瑚の珠は土臭い
鬼一口の餡ころと
見たい小さい阿婆(あば)の髷(わげ)
靑丹(あをに)よしレーヨンもまじる
絲の縒屑(よりくづ)
光る針、チクリ、
ねぶたい眼をさます
ランプの下の暗がりに
はばかりあるもの選り分けて
寶探しは七福神
その筆頭(ふでがしら)夷(えびす)の三郞
えびで鯛釣る
山吹色が
そりやこそ出たぞ
[やぶちゃん注:初出未詳。変わった対象・素材を使ってうまく捻り、なかなか面白く作っている。私自身、十全に説明するほど理解しているわけではないが、やや艶笑的な含み(暗示)もあるように思われる。
「八千八聲」は「はつせんやこゑ(はっせんやこえ)」と読む。「八千八声啼いて血を吐く杜鵑(ほととぎす)」の成句で知られ、ホトトギス(カッコウ目カッコウ科カッコウ属ホトトギス Cuculus poliocephalus)がしきりに鳴く時の声をいう語。
「練物(ねりもの)の」「珊瑚の珠」江戸時代の昔から珊瑚に似せた、鉱物粉末や樹脂、私の記憶するところでは卵白などを練っては偽の珊瑚玉を作ったものである。現在は合成樹脂のそれも横行している。
「阿婆(あば)」「すれっからし」「世間ずれしていて厚かましい」「身持ちが悪い」の意の、本来は男女共通に使用される語。ここはそうした女。
「筆頭(ふでがしら)」韻律から訓じたに過ぎぬと私は読む。
「夷(えびす)の三郞」七福神の恵比須のこと。日本神話の蛭子神(ひるこのかみ)は伊耶那岐・伊耶那美の第三子であるとされるが、「蛭子」の字面及び「えびす」も「ひるこ」もともに海に関わる神であることから、両神が混同されたものであろう、と小学館「日本国語大辞典」にはある。]