太平百物語卷二 十 千々古といふばけ物の事
太平百物語卷之二
○十 千々古(ちゞこ)といふばけ物の事
或城下の事なりし。大手御門の前に、「ちゞこ」といふばけもの、毎夜毎夜、出づるよしをいひ傳へて、日暮(ひぐれ)ては、往來の人、搦(からめ)手の御門へ廻りて、用の事はとゝのへける。
然るに、其家中に小河多助とて、不敵の若侍ありけるが、
『彼(かの)「ちゞこ」を見屆(とゞけ)ばや。』
とおもひ、ひそかに夜(よ)に入て、大手の御門の前に行き、爰(こゝ)かしこ、うかゞひみるに、げに、人のいふに違(たが)はず、ばけ物こそ出(いで)たれ。
其形(かた)ちを、よくよくみれば、鞠(まり)の如くなる物にて、地に落(おち)ては、又、中(ちう)にあがり、西に行き、東に走る。動く度(たび)に、何やらん、物の音、しけり。
多介、ふしぎにおもひ、心靜(しづか)に樣子を見定め、さあらぬ躰(てい)にて、其邊りを行過(ゆきすぎ)る時、彼(かの)ばけ物、多介が前後を飛(とび)上り、とびさがりて、程なく、多介が頭に、
「どう。」
ど、落(おつ)るを、すかさず、刀を、
「すらり。」
と、ぬき取(とり)、手ばしかく切付(きりつけ)ければ、きられて、地にぞおちたりける。
多介、やがて、飛かゝり、引(ひつ)とらまへて、膝(ひざ)に敷き、大音聲(おんじやう)にのゝしりけるは、
「音に聞へし『千々古』の化物こそ仕留(しとめ)たれ。出合(ではへ)や、出合や、人々。」
と、聲をばかりに呼(よば)はりければ、其邊の家々より、手に手に挑灯(ちやうちん)ともし、つれ、
「御手柄(てがら)にさふらふ。」
とて、立寄(たちより)、その正体(しやうたい)をみるに、化者(ばけもの)にはあらで、誠(まこと)の鞠(まり)なり。
引(ひき)さきて、内(うち)をみれば、ちいさき鈴を入置(いれおき)たりければ、多介を始め、人々、あきれて、はては、大きにわらひ合(あひ)けり。
後(のち)にきけば、しれ者共(ども)が工(たく)みて、兩方より繩を張(はり)、此まりを中(ちう)にゆひ付(つけ)、夜な夜な、人をおどし、戲(たはぶ)れけるとぞ。
[やぶちゃん注:本書で初めての擬似怪談でそれも、やや変な連中(それも複数)がやらかした、迷惑極まりない新妖怪系の都市伝説(urban legend)である。
「千々古(ちゞこ)」不詳。どうも、本作の本話のオリジナルな人造似非妖怪名のようである。或いは、以下の意味の類似性からは、その犯行グループが面白がって作って流した名前のような気さえしてくる。恐らくは、近世口語として既に発生していたであろう、「縮(ちぢ)こまる・縮かまる」(自動詞ラ行四段。「人や動物が体を丸めて小さくなる。縮まる」。小学館「日本国語大辞典」の古文の使用例では江戸末期の人情本「春色恵の花」(天保七(一八三六)年であるが(本「太平百物語」は享保一七(一七三三)年刊)、現在の方言では「かがむ・しゃがむ・蹲(うずくま)る」等の意でも東北地方などで各地に見られることから、発生はもっと古いと思われる。或いはそのプレ単語表現が元かも知れない)の意味を含ませたものであろうと思われる。
「手ばしかく」不詳。但し、思うに、これは「手ばしこく」で、「素早い」の意の「手捷(てばし)こし」という形容詞ク活用の連用形「てばしこく」の誤用か、訛りではないかと私は考える。
「挑灯(ちやうちん)ともし、つれ」「つれ」は「連れ」でラ行下二段活用の連用形で、「おのおの提灯を灯して、連れ立ってやって来て」の意。]
« 太平百物語卷一 九 經文の功力にて化者の難遁れし事 | トップページ | 山家冬景(斷章) (「南の家北の家」より拔抄) 伊良子清白 »