蟲 伊良子清白
蟲
秋の夜長を
曉かけて
なくよをちこち
山にも野にも
絕えては續く
蟲のこゑごゑ
荒妙(あらたへ)和妙(にぎたへ)
織るは織姬
夜もよるとて
暗のよすがら
露の高機(たかはた)
風の細杼(ほそひ)に
織るよ織ひめ
蟲のこゑごゑ
[やぶちゃん注:底本校異に記載がない。推定発表(或いは創作)時制は前の「蟲賣り」の注を参照されたいが、「蟲賣り」との内容の強い親和性が感じられ、或いは他の仕儀と同じく、元はあるやや長い詩篇の部分を孰れも分割独立させたものなのかも知れない。
「高機(たかはた)」「たかばた」とも言い、「大和機(やまとばた)」「京機」とも呼ぶ木製手機(てばた)の一種。織機の古い原型である地機(じばた:織機の脚が短く、織手は足を投げ出して座って用いる)を改良したもので、機の構造が地機より高い位置になっているところから、この名がある。経(たて)糸を上下させる綜絖(そうこう)が二枚以上あり、織り手が腰掛けて両足で操作する。ここは草に降りた露の輝きを、織り機の糸の束のそれに擬えたものか。
「細杼(ほそひ)」の「杼」は「梭」とも書き、織機用具の一つで「シャトル」(英語:shuttle)のこと。経糸が開口している間に、緯(よこ)糸を通すために用いる木製(椿・樫・黄楊(つげ)・枇杷(びわ)・柿などの固い狂いを生じにくい木材を素材とする)の舟形の道具で、織物によって様々な大きさのものがある。舟形の中央部を刳り貫いて、管に巻いた緯糸を嵌め込み、経糸の中を左右に潜らせて織り進める。ここは虫の声から機織りを引き出したので、その叢に渡る風を目に見えない細い杼に譬えたもの。]