戀の使 伊良子清白 (附・初出形「柳の芽」)
戀 の 使
日の午(ひる)ごとに尾を擴げ
步む孔雀の盛なる
戀は歷史に殘りたり
われは小さき地上の芽
垣根に生ふる鳳仙花
節(ふし)くれ立ちし莖よりぞ
爪紅(つまくれなゐ)は咲きにける
戀はすべてを女王とす
わがこひ小さく紅(べに)を帶び
ふふめる程のをさなさに
戀の使は箭(や)を番(つが)へ
兵(ひやう)と射てこそ立ちにけれ
[やぶちゃん注:明治三四(一九〇一)年十月発行の『明星』初出。初出標題は「柳の芽」であるが、初出形から大きな改変が行われている。以下に初出形を示す。
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柳 の 芽
甘き泉に醉ひぬらん
若き泉に醉ひぬらん
醉ふ戀ならば美しく
瞳の色は輝かむ
日の午ごとに尾を擴げ
步む孔雀の盛なる
戀は歷史に殘りたり
われは小さき柳の芽
垣根に植ゑし鳳仙花
節くれだちし垂よりぞ
匂へる花は咲きにける
戀はすべてを女王とす
衆落は森に隱るれど
胸におほはん羽もなき
人の戀こそあらはなれ
風もて冷やす魔やあらむ
戀は苦しき戀にして
卽ち物の極みなる
彼方の空を仰ぎたる
わが目はにぶく曇りたり
*
なお、この年に与謝野鉄幹(鉄幹は不倫)と晶子は正式に結婚するが、先立つ三月に二人を誹謗中傷する怪文書「文壇照魔鏡」なるものが横浜から出回り、小島烏水・山崎紫紅とともに伊良子清白がその作者ではないか、というあらぬ嫌疑がかけられていた(これは前年の八月に鉄幹と晶子の二人が出逢い、不倫恋愛(鉄幹には妻子があった)としてスキャンダル化してゆくに従い、清白は鉄幹を離れたことと関係しているように思われる)。その結果、『明星』への寄稿は同年八月・九月とあったものの、この十月を以って終り、以降は絶え、鉄幹・晶子とは絶縁状態となってしまう。それは四年後の明治三八(一九〇五)年十一月の烏水・河井酔茗との与謝野邸訪問で解けまで続いた(底本全集年譜に拠る)。]
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