太平百物語卷一 七 天狗すまふを取りし事
○七 天狗すまふを取りし事
安藝の國いつくしまにて、一年(ひとゝせ)、相撲(すまふ)ありしが、諸國より名を得たるすまふ取り、おほく集まりければ、見物羣(ぐん)をなしけり。
すでに相撲も五日めになりて、
「大関をとらす。」
と觸れければ、見物、一入(ひとしほ)いやまし、錐(きり)を立つベき地もなかりしが、其日のすまふも段々すみて、既に、大関、出(いで)たりしに、寄(より)の形屋(かたや)に、たれあつて、相手にならんといふ者、なければ、しばらく時をぞ、うつしける。
然るに、年の比(ころ)、五十斗なる、いろ、靑ざめたる男、出(いで)ていふやう、
「今日(こんにち)の相撲は、大関殿の御すまふをこそ見まほしくて、たれたれも參りたれ、これ程、大勢集まり玉ひて、すゝむ人のなきこそ、ぶ興(けう)なれ。それがし、年寄(より)て御(おん)相手にはならずとも、いで、一番取申さん。」
といひければ、大関をはじめ、諸見物に至るまで、
「かゝるおのこ[やぶちゃん注:ママ。]が、何として、小ずまふの一番も取べき。あら、片腹いたきいひ事や。」
と、座中、一同にどよめきけるが、暫くありて、行司、立出(たちいで)、申すやう、
「是は奇特(きどく)の御事ながら、年來(ねんらい)、相撲に馴れたる者だに、御身の年ごろとなれば、すまふはとられぬ物なり。殊に、是れは、此度(たび)の大関にて、日(につ)本に名を得し、大兵(ひやう)なり。さればこそ、御覽ぜよ、はやりおの衆(しゆ)中さへ、心おくして、時、うつりぬ。必(かならず)、無用にし玉へ。」
といふ。
此男、大きに腹をたて、
「すまふは時の拍子なり、必、弱きが負(まく)るにあらず、强きが勝つにも定めがたし、われらも少しは覚へのあればこそ、望みもしぬ。いかに行司の仰せにても、ぜひぜひ、とらでは、叶ふまじ。」
と、中々ひき入るけしきなければ、大関、甚(はなはだ)ぶ興し、
「われ、おほくの相撲を取りしに、終(つひ)にかゝる老ぼれの相手に成りたる事、なし。此すまふは、取まじ。」
といふに、此親仁(おやぢ)、
「とらずんば、此座をさらじ。」
と、土俵にすはつて、動かねば、諸見物は同音に、
「いざや、其おやぢが意地(ゐぢ)ばるに、引とらへて、打殺せ。」
とぞ、ひしめきける。
大関、今は是非なく、立出(たちいで)、
「おのれ、中[やぶちゃん注:「宙(ちう)」の意。]につかんで、うき目をみせん。」
と立かゝれば、此男も、進みよる。
行司、團(うちは)を引くといなや、双方、やがて、
「むず。」
と、組む。
諸見物は、息をつめ、
「あはや、親仁が打殺(うちころ)されん、不便(びん)や。」
と、どよめきける。
案のごとく、大関、兩手をさしのべ、此男を中(ちう)に引提(ひつさげ)、自由自在にふり廻し、目より高くさし上て、大地(ぢ)に、
「どう。」
ど、なげけるを、中(ちう)にて、反(かへ)りて、
「すつく。」
と立(たて)ば、大関、いかつて、又、引つかみ、なげんとせし兩手を取りて、いだき、しめ、中々、ちつとも、動かさず。
大関、少(すこし)漂(たゞよ)ふ所を[やぶちゃん注:少しだけ体勢を崩しかけたとろを。]、右へまろばし、左へまはし、褌(よつい[やぶちゃん注:ママ。後注参照。])をつかんで、中(ちう)にさし上げ、大音上げていひけるは、
「いかに旁(かたがた[やぶちゃん注:「方々」に同じで、複数の人々に対して敬意を表して呼ぶ言い方。])、わが[やぶちゃん注:私が。]、『年寄りて物數寄(ものずき)』と御笑ひ侍れども、相撲には、はや、勝(かち)たるぞ。」
と、又、二、三遍ふり廻し、大地(だいぢ)へ、
「どう。」
ど、打付(つく)れば、起(おき)もあがらず、絕入(たへいり[やぶちゃん注:ママ。])たり。
有合(ありあふ)所の[やぶちゃん注:そこに居合わせた総ての。]すまふ取より、諸見物に至るまで、
「案(あん)に相違(さうゐ)。」
と、おどろき、騷ぎ、
「にくき親仁が仕業(しわざ)哉(かな)。それ、迯(にが)すな。」
といふ程こそあれ、東西の相撲取、四方より取まはし、
「爰(こゝ)よ。」
「かしこ。」
と、搜すれども、いづち、行(ゆき)けん、其場に、見へず。
はては、大きに喧嘩となり、南北に逃(にげ)はしり、泣(なき)さけぶ聲、おびたゞしかりしが、よくよく後(のち)にきけば、大関が餘り傍若無人(ぼうぢやくぶじん)なりしを、天狗のにくみて、かくは、はからひけるとかや。
[やぶちゃん注:「褌(よつい)」国立国会図書館蔵本底本の国書刊行会の「江戸文庫」版ではルビを振っていないが、私の底本としている原典(「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」の原板本の当該頁)を見ると、「ふんどし」ではなく、「よつい」とルビされてある。調べてみると、小学館「日本国語大辞典」で解明出来た。正しくは「よつゐ」で漢字表記は「四井」「四居」でこれは、「四辻」と同義とあり、「四辻」の項で二番目の意味として、『相撲のまわしの腰のうしろで結んだところ。三つ辻。よつい。よつゆい』とある。恐らく、「江戸文庫」版の本篇を読んでいる読者は誰もがここを「ふんどし」と読んでいるはずで、これは私自身も目から鱗のルビなのであった。――「ふんどし」をつかんで宙に差し上げ――ではなく「よつゐ」をつかんで宙に差し上げ――の方が遙かに原映像を活写しているからである! 私には大発見であった!!!]
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