不開の間 伊良子清白
不開(あけず)の間(ま)
花吹雪(はなふぶき)
まぎれに
さそはれて
いでたまふ
館(たち)の姬(ひめ)
蝕(むしば)める
古梯(ふるはし)
眼(め)の前(まへ)に
櫓(やぐら)だつ
不開(あけず)の間(ま)
香(かぐ)の物(もの)
焚(た)きさし
採火女(ひとり)めく
影(かげ)動(うご)き
きえにけり
夢(ゆめ)の華(はな)
處女(をとめ)の
胸(むね)にさき
きざはしを
のぼるか
諸扉(もろとびら)
さと開(あ)く
風(かぜ)のごと
くらやみに
誰(た)ぞあるや
色(いろ)蒼(あお)く
まみあけ
衣冠(いかん)して
束帶(そくたい)の
人(ひと)立(た)てり
思(おも)ふ今(いま)
いけにへ
百年(もゝとせ)を
人柱(ひとばしら)
えも朽(く)ちず
年(とし)若(わか)き
つはもの
戀人(こひびと)を
持(も)ち乍(なが)ら
うめられぬ
怪(け)し瞳(ひとみ)
炎(ほのほ)に
身(み)は燃(も)えて
死(し)にながら
輝(かゞや)ける
何(なに)しらん
禁制(いましめ)
姬(ひめ)の裾(すそ)
なほ見(み)えぬ
扉(とびら)とづ
白壁(しらかべ)に
居(お)る蟲(むし)
春(はる)の日(ひ)は
うつろなす
暮(く)れにけり
[やぶちゃん注:初出不明。]