和漢三才圖會卷第三十八 獸類 貉(むじな) (アナグマ)
むしな 與獾同穴異
處故字從各
說文作貈
貉【音鶴】
【和名無
ホツ 之奈】
本綱貉生山野間狀如貍頭鋭鼻尖班色其毛深厚溫滑
可爲裘服日伏夜出捕食蟲物出則獾隨之其性好睡人
或見之以竹叩醒已而復寐故人好睡者謂之狢睡又言
其非好睡乃耳聾也故見人乃趨走
△按日本紀推古帝【三十五年】陸奧有貉化人以歌之
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むじな 獾(をほをほかみ)と
穴を同〔じくするも〕、
處を異にす。故に、字、
「各」に從ふ。
「說文」、「貈」に作る。
貉【音「鶴」。】
【和名「無之奈」。】
ホツ
[やぶちゃん注:「獾(をほをほかみ)」は大狼(おおおおかみ)のこと。但し、この和訓は正しくない。後注参照。]
「本綱」、貉、山野の間に生ず。狀、貍〔(たぬき)〕のごとく、頭、鋭〔(とが)〕り、鼻、尖にして、班〔(まだら)〕色。其の毛、深く厚く、溫〔かく〕滑〔(なめら)か〕にして、裘(〔かはごろ〕も)に爲〔(つく)〕り服すべし[やぶちゃん注:着るとよい。]。日〔(ひ〕る)は伏し、夜は出でて、蟲物[やぶちゃん注:ここは広汎な動物、昆虫や節足動物・爬虫類・鳥類・鼠類等を指す。]を捕り食らふ。出づるときは、則ち、獾、之れに隨ひ、其の性、睡ることを好みて、人、或いは之れを見て、竹を以つて叩(たゝ)き醒すに、已にして復た寐る。故に、人〔の〕好みて睡れる者を、之れ、「狢睡」[やぶちゃん注:所謂、「狸寝入り」である。]と謂ふ。又、言ふ、「其れ、好みて睡るに非ず。乃ち、耳の聾〔(らう)〕なればなり。故に、人〔を〕見るときは、乃〔(すなは)〕ち、趨走〔(すうそう)〕す[やぶちゃん注:走って逃げる。]。
△按ずるに、「日本紀」推古帝【三十五年[やぶちゃん注:六二七年]。】、『陸奧〔に〕、貉、有りて、人に化けて、以つて、之れ、歌〔(うたうた)〕ふ』〔と〕。
[やぶちゃん注:食肉目イヌ型亜目クマ下目イタチ小目イタチ上科イタチ科アナグマ属アジアアナグマ Meles leucurus(ユーラシア大陸中部(中央部を除く)に広く分布)及び本邦固有種ニホンアナグマ Meles anakuma に同定する。本邦の民俗社会では古くからタヌキ(=イヌ科タヌキ属亜種ホンドタヌキ Nyctereutes procyonoides viverrinus)やハクビシン(食肉目ネコ型亜目ジャコウネコ科パームシベット亜科ハクビシン(白鼻芯)属ハクビシン Paguma larvata)を指したり、これらの種を区別することなく、総称する名称として使用することが多いが、前者との混淆はいいとして、後者ハクビシンは私は本来、本邦には棲息せず、後代(江戸時代或いは明治期)に移入された外来種ではないかと考えているので含めない。アナグマはしばしばタヌキにそっくりだとされるが、私は面相が全く違うと思う。ウィキの「ニホンアナグマ」を引く。『指は前肢、後肢ともに』五『本あり、親指はほかの』四『本の指から離れていて、爪は鋭い。体型はずんぐりしている。 食性はタヌキとほとんど同じである』(動植物性の雑食)。『特にミミズやコガネムシの幼虫を好み、土を掘り出して食べる。 巣穴は自分で掘る』溜め糞(先行する「貍」の注を参照)『をする習性があるが、タヌキのような大規模なものではなく、規模は小さい。本種は擬死(狸寝入り)をし、薄目を開けて動かずにいる』。『日本の本州、四国、小豆島、九州地域の里山に棲息する』。十一月下旬から四月『中旬まで冬眠するが、地域によっては冬眠しないこともある』。体長は四十~六十センチメートル程度で、尾長は十一・六~十四・一センチメートル、体重十二~十三キログラムであるが、『地域や個体差により、かなり異なる』。長く『アナグマMeles melesの亜種とされていたが』、二〇〇二『年に陰茎骨の形状から独立種とする説が提唱された』(私はそれに従う)。一『日の平均気温が』摂氏十度を『超える頃になると』、『冬眠から目覚める。春から夏にかけては子育ての時期であり、夏になると』、『子どもを巣穴の外に出すようになる。秋になると』、『子どもは親と同じくらいの大きさまで成長し、冬眠に備えて食欲が増進し、体重が増加する。秋は子別れの時期でもある。冬季は約』五『ヶ月間冬眠するが、睡眠は浅い』・『秋は子別れの時期であるが、母親はメスの子ども(娘)を』一『頭だけ残して一緒に生活し、翌年に子どもを出産した』際には、『娘に出産した子どもの世話をさせることがある。娘は母親が出産した子どもの世話をするだけでなく、母親用の食物を用意することもある。これらの行為は』、『娘が出産して母親になったときのための子育ての訓練になっていると考えられる』。『巣穴は地下で複雑につながっており、出入口が複数あり、出入口は掘られた土で盛り上がっている。巣穴の規模が大きいため』、『巣穴全体をセットと呼び、セットの出入口は多いものでは』五十『個を超えると推測される。セットは』一『頭の個体のみによって作られたのではなく、その家族により何世代にもわたって作られている。春先になると』、『新しい出入口の穴が数個増え、セット全体の出入口が増えていく。巣穴の出入口の形態は、横に広がる楕円形をしていて、出入口は倒木や樹木の根、草むらなどで隠されている。巣穴の掘削方法は、穴の中から前足で土を押し出し、押し出したあとにはアクセス』・『トレンチと呼ばれる溝ができる。セットには崖の途中などに』、『突然』、『開いている裏口のような穴が存在することもある』(この驚くべき広大な巣穴構造が、「本草綱目」にある、「獾」(後述)という別の生物と穴を同じくしつつも、中では各個に棲み分けしているというトンデモ誤認を生み出したものと考えられる)。『巣材として草を根から引き抜いて使用していると推測される。巣材が大雨などで濡れると、昼に穴の外に出して乾燥させて夜に穴に戻す、という話もある』とある。なお、本文に出る「擬死」現象について、ウィキの「擬死」の一部を引いておく。『被食者が身動きすると攻撃が続き殺されるのに対して、動かないでいると攻撃をやめる事が多いという。彼らは断定を避けながらも擬死がある程度の効果を持つ事を示唆している』。本邦では、『ニホンアナグマやホンドタヌキ、エゾタヌキなど』が、哺乳類の擬死行動としてよく知られてきた。『脊椎動物の擬死(thanatosis)は、動物催眠(animal hypnosis)、または、持続性不動状態(tonic immobility)と呼ばれることもある』。『動物は自らの意志で擬死(死にまね。death feigning, playing possum)をするのではなく、擬死は刺激に対する反射行動である。哺乳類では、タヌキやニホンアナグマ、リス、モルモット、オポッサムなどが擬死をする。 擬死を引き起こす条件や擬死中の姿勢、擬死の持続時間は動物によって様々である』。『イワン・パブロフは脊椎動物の擬死の機構を次のように説明している』。『「不自然な姿勢におかれた動物がもとの姿勢に戻ろうとしたときに抵抗にあい、その抵抗に打ち勝つことができない場合にはニューロンの過剰興奮を静めるための超限制止がかかってくる」(イワン・パブロフ)』。『拘束刺激は擬死を引き起こす刺激の一つである。カエルやハトなどは強制的に仰向けの姿勢をしばらく保持すると不動状態になる。また、オポッサムはコヨーテに捕獲されると』、『身体を丸めた姿勢になって擬死をする』。『本種が擬死を行うことによる利点として、身体の損傷の防止と捕食者からの逃避が考えられる。擬死は捕食者に捕えられたときなどに起こる。捕食者から逃げられそうにない状況下で無理に暴れると疲労するだけでなく、身体を損傷する危険がある。捕食者は被食者』『が急に動かなくなると力を緩める傾向がある。このような時に捕食者から逃避できる可能性が生まれる。この機会を活かすためには身体の損傷を防ぐ必要がある』。『擬死中の動物は、ある姿勢を保持したまま不動になる。その姿勢は動物により様々である。ただ、不動状態のときの姿勢は普段の姿勢とは異なる不自然な姿勢である。動物は外力によって姿勢を変えられると、すぐに元の姿勢を維持しようして動作する。この動作を抵抗反射(resistance reflex)という。しかし、擬死の状態では抵抗反射の機能が急に低下して、不自然な姿勢がそのまま持続する。このような現象をカタレプシー(catalepsy)という。カタレプシーは擬死中の動物すべてにあてはまる特徴である。擬死の持続時間は、甲虫類以外は数分から数十分で、擬死からの覚醒は突然起こる。擬死中の動物に対して機械的な刺激(棒で突つくなど)を与えると覚醒する(甲虫類は逆に擬死が長期化する)。擬死中は呼吸数が低下し、また、様々な刺激に対する反応も低下する。擬死中の動物の筋肉は通常の静止状態の筋肉と比較してその固さに違いがあり、筋肉が硬直している。そのため、同じ姿勢を長時間維持することが可能となる』とある。
「獾」中国で大狼だと、食肉目イヌ亜目イヌ科イヌ亜科イヌ属ヨーロッパオオカミCanis lupus lupus の大型固体となろうが、オオカミとアナグマが同居する可能性はない。ただ、オオカミの巣穴も見た目は恐らくアナグマの巣によく似ているであろうから、良安は或いはそこから逆に「獾」の同定を誤ったもかも知れない。現行、中国ではこの「獾」はアナグマ属ヨーロッパアナグマ Meles meles に当てられている(中国には棲息しない)。さらに興味深いのは「狼獾」という熟語があって、これは現代中国で、食肉目イタチ科クズリ属クズリ Gulo gulo を指すという事実である。グズリの棲息域は中国では東北部に辛うじて掛かっており、アナグマより遙かに大きく、しかも獰猛であるから、「大狼」っぽいではないか。良安のいい加減な当て訓で、却って楽しい智のドライヴが出来た。
『「各」に從ふ』「貉」の(つくり)の「各」、は同じ穴に棲みながら、それぞれ「各」々棲み分けしているからだ、というのである。まあ、落語見たような話としては面白い。
『「日本紀」推古帝……』「日本書紀」の推古天皇三十五年二月の条に出る。
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三十五年春二月。陸奥國有狢化人以歌之。
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