山頂 清白(伊良子清白)
山 頂
雷(いかづち)棲める八重雲の
底や下(しも)つ界(よ)人の國
雪の生絹(すずし)によそはれて
彼れに聳ゆる高御座(たかみくら)
休まず眠らず疲れざる
嵐に巖は削られて
丈(たけ)なす氷柱(つらら)きららかに
卯の花縅(おどし)甲(よろ)ひたり
大空渡る嚴山(いづやま)の
夢の圈帳(とばり)を排(お)し分けて
岩の鞴(たた)をましぐらに
猛くも下る瀧津瀨よ
夜な夜な星は美しき
花のたまきをつくるらん
たぐりもよせん天の幕
我手の骨の晶(あき)らかに
浮霧深く立つままに
山の荒魂(あらたま)あらはれて
同じ姿のおぼろおぼろ
かつ手をつなぎあそぶかな
たちまち日影かがやきて
山ほがらかに晴れわたる
削水(けづりひ)なせる綿雲の
漂ふ限り和(なご)やかに
海の底ひに沈鐘の
祕める影を見るごとく
はるかの谷に橫はる
杉の木叢(こむら)のただ黑く
振放(ふりさ)け見れば白妙の
塔(あららぎ)高くあらはれて
西に東に群山(むらやま)の
爭ひ立てる姿かな
ああわが魂の漲るを
誰れかとどむる力ある
年經る龍(たつ)よ我が友よ
しばし谷間に眠れかし
時來て天に沖(のぼ)らんに
われもむくろをぬけいでて
いみじき歌をうたひつつ
なれが背(そびら)に騎(の)り行かむ
[やぶちゃん注:初出は明治三六(一九〇三)年一月一日発行の『文庫』であるが、初出では署名「清白」で、総標題「山岳雜詩」のもとに、「陰の卷」(「孔雀船」で「鬼の語」と改題して収録)と本「山頂」及び次で電子化する「淺間の烟」(新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」に再録するに際して「淺間の煙」と表記を変えた)の全三篇を収録する。初出は以下。
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山 頂
雷(いかづち)棲める八重雲の
底や、下つ界(よ)人の國
雪の生絹(すずし)によそはれて
彼れに聳ゆる高御座(たかみくら)
休まず眠らず疲れざる
嵐に巖は削られて
丈(たけ)なす氷柱(つらら)きららかに
卯の花縅おどし甲ひたり
大空渡る嚴山(いづやま)の
夢の圈(たまき)をかけいでゝ
底津岩根もどよもさん
猛き姿の瀧津瀨よ
夜な夜な星は美しき
花のたまきを作るらん
たぐりもよせん天の帳(まく)
我手の骨の晶(あき)らかに
浮霧深く立つままに
山の荒魂(あらたま)あらはれて
同じ姿のおぼろおぼろ
かつ手をとりてあそぶかな
たちまち日影かがやきて
山ほがらにはれわたる
削水(けづりひ)なせる綿雲の
漂ふ限り和(なご)らかに
海の底ひにつり鐘の
沈める影を見るごとく
はるかの谷に橫はる
杉の木叢(こむら)のただ黑く
振放(ふりさ)け見れば白妙の
塔(あららぎ)高くあらはれて
西に東に群山(むらやま)の
爭ひ立てる姿かな
ああわが魂の漲るを
誰れかとどむる力ある
年經る龍(たつ)よ我が友よ
しばし谷間に眠れかし
時來て天に登らんに
われもむくろをぬけいでて
いみじき歌をうたひつつ
なれが脊(そびら)に騎(の)り行かむ
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