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2019/04/08

一よぐさ 伊良子清白

 

一よぐさ

 

   ○

しのびあるきの君なれば

いかで知るべき國君と

旗ひるがへる城の戶を

ひとりやいでゝきましたる

 

葡萄の岡と小流れと

あばらぶきなるやどの外

見給ふものもなきものを

しばしばきみはきましたる

 

あしきやからのおほかるを

あはれ貴きわがきみよ

あすより絕えてその門を

訪れたまふことなかれ

 

葡萄の房は年々に

いやうつくしくみのるべし

われはさびしきあばらやに

常少女にてをはらなむ

   ○

おぼしたてたるいくもとの

菊につきたる秋の蟲

いかりにたヘず火をとりて

のこるくまなくやきにけり

 

もとより菊はかれぬれど

今は心のやすくして

暮れ行く秋のさびしさを

ながめ空しくくらすなり

   ○

をのこの中にたゞひとり

はしき少女ぞまじるなる

沙漠の上に一ひらの

草生ひしげる風情あり

 

破れし城よりすくひしは

椰子の木生ふる國なりき

そのをりまでも手離さで

持ちしはかれの琴なりき

 

獅子色なせるその髮に

野營の月のてりそひて

熱きくになるをとめこは

こよひも琴をならすなり

   ○

そびらにおへる御佛に

西日かゞやく坂みちや

鉦の響に木の葉ちり

御厨のなかにおちつもる

 

身に御佛を負ふことの

こがねのはすをふみわけて

熱なき池に入ることも

すなはち今日の境なり

 

驗もたえや觀世音

木の間にとまる山鳩の

厨子にこのはを啄みて

高きみ空に翔り舞ふ

 

[やぶちゃん注:明治三四(一九〇一)年十一月発行の『文庫』に「S」のイニシャル署名(特異点)で発表した全十二連四パート構成から成る物語詩。既に電子化した「背に負へる」「おほきたてたる」「しのびあるきの」の三篇は、どれも皆、本篇の部分を独立させて改変・改題したものである。それぞれと比較されたい。]

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