鷲の歌 清白(伊良子清白)
鷲 の 歌
荒るる心臟(こころ)に亂れ入る
血管(ちくだ)の流れ波立ちて
夕べ塒にかへりくる
勝鬨たかし鳥の歌
谷の大蛇(おろち)と爭ひて
翼も摧(くだ)く戰ひの
榮(さかえ)を飾る夕燒は
山の鷲鳥(してう)を驕(おご)らしむ
拳(こぶし)は强く目は敏(さと)く
翼あぐれば風となり
翼おろせば雲となる
鷲の姿の雄々しさよ
漲り落つる大瀑布
飛沫(しぶき)の中につつまれて
眼(まなこ)もきゆる十丈の
杉の頂塒(ねぐら)あり
影纖雲(ほそぐも)とおとし來て
梢の上に休らへば
胸の血潮のしたたりて
綠の枝を染めにけり
猛然として高く飛び
渦まきかへす黑雲の
彼方の底に舞ひくだる
一聲悲し鷲の鳥
[やぶちゃん注:初出は明治三六(一九〇三)年二月発行の『文庫』。署名は「清白」。初出は以下。
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鷲 の 歌
荒るる心臟(こころ)に亂れ入る
血管(ちくだ)の流れ波立ちて
夕べ塒にかへりくる
勝鬨たかし鳥の歌
谷の蛇(おろち)と爭ひて
翼も摧(くだ)く戰ひの
深山の奥の生活は
鷲鳥の胸を踴らしむ
拳(こぶし)は强く目は利(さと)く
翼あぐれば風となり
翼おろせば雲となる
鷲の姿の雄々しさよ
漲り落つる大瀑布
飛沫(しぶき)の中につつまれて
眼(まなこ)もきゆる千丈の
杉の梢に巢くひたり
影纖雲(ほそぐも)と落し來て
梢の上に休らへば
胸の血汐のしたゝりて
綠の草を染めにけり
心は猛(もう)に氣はたてく
哀しき歌を歌はざる
今はの鷲の沈默を
渦まきかくす黑き雲
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