しのびあるきの 伊良子清白
しのびあるきの
しのびあるきの君なれば
いかで知るべき國君と
旗ひるがへる城の門(と)を
ひとりやいでて來ましたる
葡萄の岡と小流れと
あばらぶきなる屋根の外
見給ふものもなきものを
しばしば君は來ましたる
あしきやからのおほかるを
あはれ貴きわが君よ
あすより絕えてこの門(かど)を
訪(おとづ)れたまふことなかれ
葡萄の房は年々に
いやうつくしくみのるべし
われはさびしきあばら屋に
常少女(とこをとめ)にてをはらなむ
[やぶちゃん注:本篇は明治三四(一九〇一)年十一月発行の『文庫』に発表した全十二連四パート構成から成る「一よぐさ」の最初のパートの四連分を独立させ、一部を改変して改題したものである。次で、その「一よぐさ」全篇を掲げる。これには底本に校異・初出があるが、伊良子清白が同じ仕儀を行った前の二篇にはそれがないのは、全く以っておかしい。前の二篇「背に負へる」及び「おほしたてたる」に異同がないのならまだしも(それでも不親切ではある)、実際には比べて戴ければ判る通り、前の二篇にも異同がある以上、画期的な「伊良子清白全集」の「校異」としては痛い欠落という謗りは免れぬ。伊良子清白の全貌を明らかにする優れた著作であるだけに次回の刷では以上二篇の校異を投げ込みでも挿入せずんばならず、と強く感ずることを言い添えておく。]
« 柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「馬蹄石」(5) 「毛替ノ地藏」(1) | トップページ | 一よぐさ 伊良子清白 »