鰹船の唄 伊良子清白
鰹船の唄
見える大海(だいかい)
八丈が島は
朝日夕日の
くもらぬところ
海は急流
鰹の川に
釣竿(はね)で飛び込む
黑瀨川
志摩の漁師は
荒灘稼ぎ
命知らずの
海知らず
風は靑東風(あをごち)
汽笛のしらべ
浪の白雪
納涼(すずみ)ぶね
をとこ旱(ひで)りは
龍宮城よ
赤いふどしの
丸裸
鷗(ごめ)がついたで
鰹はまたい
とろり流れる
壺の魚
竿の穗先は
秋野の薄
海の太陽
魚が降る
夜とも晝とも
わからぬ世界
魚を抱きこむ
腋(わき)の下
金銀瑠璃の
魚島を
船に築くとは
おもしろや
えいやえいやで
ほりこむ氷室(ひむろ)
千里風吹きや
帆のうなり
靑い海原
疊でござる
船で大の字
高鼾き
かへる凱旋
波間を分けて
のつと顏出す
富士の山
船は着く着く
朝日の湊
濱にや赤兒(あかご)も
這うて出る
志摩の波切(なきり)の
大王崎の松に
並ぶ男の
勇兄(いなせ)ぶり
[やぶちゃん注:初出不詳であるが、鳥羽での作。則ち、既に示した通り、大正一一(一九二二)年九月十二日から、ここの底本親本である新潮社版「伊良子清白集」刊行の昭和四(一九二九)年十一月以前の作となる。「だいかい」はママ。「釣竿(はね)」「はね」は「釣竿」二字へのルビ。
「黑瀨川」は言わずもがなであるが、黒潮の換喩。
「鷗(ごめ)」は「かもめ」(チドリ目カモメ科カモメ属カモメ Larus canus)の方言。Q&Aサイトの回答に東北地方では「ごめ」はウミネコ(チドリ目カモメ亜目カモメ科カモメ属ウミネコ Larus crassirostris)のことを指し、土地の漁師達は「ゴメ」と呼んで大切にするとあり、これは「かもめ」→「かごめ」(加護女)→「ごめ」と訛った言葉らしいとし、「神の加護」の意味を籠めるとし、「神の使い姫」という呼び方もあるという。「ゴメ」は漁船に方角や魚の在り処(か)を教えて呉れ、羅針盤や魚群探知機のなかった時代には重要な存在であり、そうした古えより「神の使い姫」として、大切にされてきたとあった。小学館「日本国語大辞典」には「かもめ」の方言として「かごめ」を志摩・南伊勢の採取とし掲げており、そもそもが「かもめ」は「かごめ」(幼鳥の斑紋が籠の目のように見えることが由来とされる)であったので方言という謂いそのものが正しくない。なお、カモメとウミネコの違いを述べておくと、カモメ(標準全長四十五(四十~四十六)センチメートル・翼開長百十~百二十五センチメートル)よりもウミネコの方が一回り大きく(標準全長四十七(四十四~四十八)センチメートル・翼開長百二十~百二十八センチメートル)、ウミネコの方が厳つい感じを与える。最も簡単な識別法は嘴の違いで、こちらの識別ノートによれば(写真有り)、『ウミネコの嘴は、大型カモメ類に比べて細いため、かなり長く感じられます。そして、黄色い嘴の先端が赤、黒と色が付いているので、明瞭です』。『カモメの嘴はウミネコに比べるとあきらかに短く、そして黄色い嘴の途中に黒い斑がぼんやりあるだけです。たまに黒い斑の周囲が、赤っぽく見える事がありますが、ウミネコのようにはっきりした色ではありません』。『従って、嘴を見ただけで両者は識別可能です』とあり、また、『次に顔つきですが、ウミネコの虹彩は淡色で、目つきが鋭く見えます。また、頭の形も角張っています』それに対し、『カモメは淡色のものもいますが、概して虹彩は暗色で、頭も丸く全体的に大人しく見えます』。『また、ウミネコの換羽時期は早く』、二『月には斑がない真っ白な頭の夏羽の個体が見られます(地域差はあると思います)。これは遠目にも明瞭に識別できます』。『背の色はウミネコの方が濃く、オオセグロカモメ』(カモメ属オオセグロカモメ Larus schistisagus)『より少し薄いくらいです。カモメはセグロカモメ』(カモメ属セグロカモメ Larus argentatus)『とほぼ同じです』。『また足の色は両者とも黄色ですが、ウミネコの黄色は赤みがあり、絵の具で言うクロームイエローなのに対して、カモメは白っぽい黄色で、レモン色と言う感じです』。『カモメ類は成鳥になるまでは尾に黒い帯がある種が多いのですが、ウミネコだけは成鳥になっても』、『尾に黒い帯があるのが特徴です』。『この点は、飛んでいるカモメ類を識別する際には最大のポイントになります』。『さらに一番の両者の違いは、ウミネコが留鳥だと言う』ことで、『カモメ類の中で日本で繁殖するのは、北海道で繁殖するオオセグロカモメの他にはウミネコしかありません。従って他のカモメ類が北へ帰って、秋に戻ってくるまでの間に見られるカモメ類は』総て『ウミネコと言う』こと『になります。まあ、夏場はアジサシ類』(カモメ科アジサシ亜科アジサシ属 Sterna のアジサシ Sterna hirundo など)『が見られますので、そちらとの比較が必要になるかも知れませんが、前述したように飛んでいる事の多いアジサシは尾が二またに分かれていますので、一目瞭然です』とある。……あぁ、先日、富山の新湊の観光船でカモメの餌やりをした折り、俺の指を切った奴は、嘴から、ウミネコだったわけだな……
「壺」船内の生簀。
「志摩の波切(なきり)の」「大王崎」現在の三重県志摩市大王町(ちょう)波切(なきり)の大王崎(グーグル・マップ・データ)。]