無題 清白(伊良子清白)
無 題
世に落魄(おちぶれ)し貴人(あてびと)の
艶(つや)ある鬚を刎(は)ねし時
戰(いくさ)に行くと大力の
たぶさの紐をときしとき
啞と成りたる童女(わははめ)の
五月雨髮(さみだれがみ)を剃りし時
山を出でたる顏黑の
行者に鐡をあてし時
刑(しおき)に迫る罪人の
臨終(いまは)の髮を斷(た)ちしとき
江戶の男は泣きながら
剃刀硏(と)ぎてゐたりけり
[やぶちゃん注:初出は明治三八(一九〇五)年一月発行『文庫』であるが、初出では総標題「冬の夜」のもとに「月光日光」と「漂泊」(孰れも「孔雀船」所収)及び本「無題」の三篇を掲げてある。署名は「清白」。初出は以下。
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無 題
世に落魄(おちぶれ)し貴人(あてびと)の
艶(つや)ある鬚を刎(は)ねし時
戰(いくさ)に行くと大力の
たぶさの紐を解きし時
啞と成りたる童女(わははめ)の
五月雨髮(さみだれがみ)を剃りし時
山を出でたる顏黑の
行者に鐡をあてし時
刑(しおき)に迫る罪人の
臨終(いまは)の髮をたちし時
江戶の男は情(なさけ)無き
業(わざ)もするぞと思ひけり
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