鷗 伊良子清白
鷗
磯菜(いそな)に落つる滿潮の
聞きて白き岩の間(ひま)
架け渡したる巢の内に
海を窺ふかもめ鳥
海の景色をたとふれば
八重敷(やへし)く浪の沖の方
深き碧(みど)りの毛氈に
皺をうたせしごとくなり
やをら飛びたつ驕慢の
羽を恃(たの)みの鷗どり
海をおそるるいさり男を
嘲り笑ふ婆あり
鳥の中にもかもめ鳥
歌ふはむしろ叫ぶなり
なほかつ知らず溫かき
胸は和毛(にこげ)にかくるるや
脚を休むるひまもなき
苦しき海に浮きながら
眠るまねするかもめどり
飽くまで人を弄ぶ
止めよ大(だい)なる小さきもの
天(そら)の風雨(あらし)をしのぐとも
海の怒りに坐るとも
つひに强きが餌食のみ
眼(まなこ)を舉げよ朗々と
浮雲はるる山の藍
四方(よも)の景色を眺むれば
飄々としてかもめどり
自由にあそぶ身なりせば
何者かよく妨げん
心むなしくへりくだり
運命(さだめ)の前にとべよ鳥
白き日靑き空にして
波の起ふし限りなし
翼(つばさ)を伸べよ海山に
大天地(おほあめつち)を家として
[やぶちゃん注:明治三四(一九〇一)年九月発行『文庫』に発表された、既に電子化した八小篇からなる長詩「海の歌」の中の、「其二 鷗」を独立させた上、一部に手を加えたものである。初出形はリンク先のそれであるので参照されたい。]