新月 清白(伊良子清白)
新 月
(短唱四篇)
○
たださすところ朝日子の
夕入るところ新月(にひづき)の
山に育ちてをとめごは
牧(まき)のうなゐとなりにけり
熊の毛皮を打敷きて
ねぶるは誰ぞ山のうへ
澄みてかがやく星ならで
をとめをまもるものぞなき
○
薔薇の花はかなしみて
冷たき土にこぼれけり
わびしくくらくためいきの
音ぞ幽(かす)かにもれくなる
こひのさつ矢のとぶごとく
みそらを鳥のとびきたる
彼方の空にきえゆきて
聲こそのこれほととぎす
○
世のすねものよのろはれて
小田にかくるるすねものよ
月の女神を垣間(かいま)見て
なれも醜くなりぬるか
五月雨ふりて空くらく
月の光の見えぬ時
歌よむことはゆるされて
小田にかくるるわび人よ
○
處女マリアのあらはれて
千々の寶を賜ひけり
ことにすぐれてめでたきは
稚兒のおもわの美はしさ
二人の姉は雲にのり
ひとりの姉は草に立ち
御空の雨にうるほひて
稚兒守ると見えにけり
[やぶちゃん注:明治三六(一九〇三)年六月発行の『文庫』初出。署名は「清白」。
「うなゐ」は既に注したが、「髫」「髫髪」で、元は「項 (うな) 居 (ゐ) 」の意かと推定され、昔、七、八歳の童児の髪を項(うなじ)の辺りで結んで垂らさせた髪型或いは女児の髪を襟首の附近で切り下げておいた「うない髪」のことで、本来は転じて「幼女」を指すが、ここはその上限を遙かに延ばした少女・乙女・処女の謂いで用いている。
「さつ矢」は「獵矢」「幸矢」で「狩猟に用いる矢」の意。「さちや」とも呼ぶ、万葉以来の古語。
初出形は以下。
*
新 月
たださすところ朝日子の
夕入るところ夕月の
山に育ちてをとめごは
牧(まき)のうなゐとなりにけり
熊の毛皮を打敷きて
ねぶるは誰ぞ山のうへ
澄みてかがやく星ならで
をとめをまもるものぞなき
○
薔薇の花はかなしみて
冷たき土にこぼれけり
わびしくくらくため息の
音ぞ幽(かす)かにもれくなる
一聲なきてほとゝぎす
彼方の空に飛び去りぬ
戀のさつ矢のとぶごとく
かなたの空にとびさりぬ
○
世のすねものよ咒はれて
小田にかくるるすねものよ
月の女神を垣間みて
なれも醜くなりぬるか
五月雨ふりて空くらく
月の光の見えぬ時
歌詠むことはゆるされて
小田にかくるるわび人よ
○
處女マリアのあらはれて
千々の寶を賜ひけり
ことにすぐれてめでたきは
稚兒のおもわの美はしさ
二人の姉は雲にのり
ひとりのあねは草にたち
御空の雨にうるほひて
稚兒守ると見えにけり
*]
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