散步 清白(伊良子清白)
散 步
稻の靑葉の丈伸びて
畦(あぜ)に水越す六月の
草生(くさふ)の上はことさらに
このごろ蝶の數多き
綠の雲の屯(たむろ)する
林の奧に宿しめて
なくほととぎす大空は
ふるふが如くとよむなり
秩父の山の靑あらし
幾村々を渡り來て
新桑繭(にひくはまゆ)や河沿ひの
絲とる家も吹きにけり
轍(わだち)の跡をとめくれば
樹立にかこむ一廓(くるわ)
空しき庭に火はもえて
栗の花散る門構(かどがま)へ
螢逐ふ兒が夜は競(きそ)ふ
澤べの橋にかかる時
知りたる人の會釋(ゑしやく)して
いづこに行くと尋ねけり
[やぶちゃん注:初出は明治三八(一九〇五)年九月発行の『文庫』。署名は「清白」。初出では総標題「短夜」のもとに、「卯の花降し」と本篇の二篇を掲げる。「卯の花降し」は次で電子化する。
「新桑繭(にひくはまゆ)」。新しい桑の葉で育った繭。今年の蚕の繭。「にひぐはまゆ・にひぐはまよ」とも読む、万葉語。
初出形は以下。
*
散 步
稻のあを葉のたけのびて
畦(あぜ)に水こす六月の
芝生の上はことさらに
このごろ蝶の數多き
綠の雲の屯(たむろ)する
林々に宿しめて
やまほとゝぎす一つ一つ
ことなる歌をなのるかな
秩父の山の靑嵐
幾村々を渡りきて
今日や巢立ちし鳩の子の
弱き翅にもかゝるらん
轍(わだち)の跡をとめくれば
木立に圍む一廓(くるわ)
空しき家に火は焚えて
栗の花散る裏の庭
螢追ふ子が夜は競(きそ)ふ
澤邊の橋にかかる時
知りたる人の會釋(ゑしやく)して
いづこに行くと尋ねけり
*]
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