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2019/04/11

ブログ1210000アクセス突破記念 原民喜「華燭」/「沈丁花」 二篇併載

 

[やぶちゃん注:「華燭」は昭和一四(一九三九)年五月号『三田文學』の初出で、後に併載した「沈丁花」は同じ年の翌月の六月号『三田文學』に初出する別々な独立作品であるが、一読されればお判り戴ける通り、内容的に続篇的印象が極めて濃厚なものであるので、特異的に併せて電子化した。

 底本は一九七八年青土社刊原民喜全集「Ⅰ」を用いたが(底本では「拾遺作品集Ⅰ」のパートに配してある)、以上の書誌データや歴史的仮名遣表記で拗音・促音表記がないという事実及び原民喜の幾つかの自筆原稿を独自に電子化してきた私の経験に照らして(彼は戦後の作品でも原稿では歴史的仮名遣と正字体を概ね用いている)、漢字を概ね恣意的に正字化することが、原民喜自身の原稿原型に総体としてより近づくと考え、今までの私のカテゴリ「原民喜」のポリシー通り、そのように恣意的に処理した。但し、「華燭」では底本自体の中で「灯」と「燈」が混在して使用されていることから、それは民喜の区別使用(但し、シチュエーションから見ると、単なる気紛れの書き癖でしかない可能性もある)と捉え、そのままで示した。

 やや読むに戸惑うかも知れない読みや躓く語、及び、作品のモデル背景その他について、オリジナルに挿入割注や後注してある。

 因みに、本篇二篇は現在、ネット上では公開されていないものと思われる。

 本二篇の電子テクストは2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが1210000アクセスを突破した記念として公開する。【2019年4月11日 藪野直史】]

 

 華 燭

 

 その前の晚、家の座敷に嫁入道具が運ばれて來た。運んで來た人々や、親類緣者が集まつてざつと酒盛がすむと、てんでに座敷に陳列された品々を見て步き、暫く何の彼のと批評するのであつた。しかし、肝腎な明日もあることだし、あんまり遲くなつてもいけないので、一同は早目に解散した。

 駿二はぐるりと嫁入道具に取圍まれた座敷のまんなかに寢間を敷いてもらつて寢た。灯を消すと隣室の薄明りが緣側の方から洩れて來て、簞笥や長持が茫とした巨大な姿で聳えてゐるので、谷底にでも寢てゐるやうな感じであつた。駿二は酒の醉もあつたが、つとめて落着かうとしてゐたので、やがて大海原へ浮ぶ船のやうな放心狀態で、すやすやと鼾をかきだした。

 ものの一時間も熟睡んだ[やぶちゃん注:「まどろんだ」。]かと思ふと、緣側の方を誰かとんとんと忙しさうに步いてゆく音で眼がさめた。氣がつくと障子の方が大變明るく、隣室には煌々と燈が點されてゐるのだ。何かしめやかなひそひそ話が續いてゐたが、突然、「ワハハそれはその」と、學務課長の木村氏の大聲に變つた。駿二はさつきの連中がまた改めて酒盛をはじめたのだらうと思つて、あまり氣にすまいとした。ところが向の連中はとうとう「駿二、駿二」と襖越しに聲をかけた。「もう一度起きて來て飮めよ」と、兄が呼んでゐるのだつた。それで駿二はめんどくさいとは思つたが寢卷の上に著物を重ねて、のそのそと隣室へ這入つて行つた。

 やはりさつきの連中が女も男も車座になつて、大きな靑磁の皿に並べられた半透明の肉のやうなものを食つてゐるのだつた。銚子が向の壁際へ四五十本林立してゐるところをみると、駿二は何だか凄いやうな氣持がした。「これを食べると溫まるから食べておきなさい」と、母が皿の肉を箸で摘んでくれた。嚙んでみると、何だかぐにやぐにやして味は不明瞭だつた。「駿二さん」と、彼の脇に坐つてゐる彼より大分若い從弟が話しかけた。「一體、あなたはどういふつもりで結婚なんかするのですか」駿二はその男とこの前も父の法事の時やはり隣り合はせて、大變酒豪の上にしつこく絡んで來られて弱つたことがあつたので、「どういふつもりと云つて何も……」と詰つてゐると、相手はすぐに彼の言葉を繼いで、「それ見給へ、何もはつきりした見徹しもないくせに、世間並に結婚なんかする。成程、君は大學は卒業したかもしれんが、現にまだ無職ではないか。經濟的に獨立も出來ない癖に女房なんか抱へ込んでまるきし、人間がなつてはゐない」と、駿二の方へ詰寄つて來る。すると駿二の其向でうつらうつらとしながら聞耳を立ててゐたらしい木村氏が突然、赤く爛れた眼を開いて、「さうだ、さうだ」と相槌を打つた。「さうだ、駿二、貴樣は實にけしからんぞ! 愚圖で、間拔けで、無責任で、まるで零だ!」と、媒酌人の木村氏は今にも彼に飛掛りさうな氣勢を示した。「申譯けありません」と、駿二は誰にといふことなしにぴよこんと頭を下げた。「ワハハ何? 申譯ありませんか。成程なあ、こいつは乙な返答だ。まあまあ、今いぢめるのは少し時機尚早だな。なにしろ明日は芽出度いのだからなあ」すると駿二の姉が妹の方を顧みながら云つた。「ええ、まあまあ、いぢめるのはこれからぽつりぽつりで充分ですよ。何しろ私達だつて身に憶えのあることだし、今度こそは小姑の立場として腹癒[やぶちゃん注:「はらいせ」。]が出來ると思ふと、痛快よ」そして何か蓮葉な表情でお互に意を通じ合つてゐた。駿二は自分の姉妹達が實に變なことを云合つてゐるので呆然としてゐると、「駿二君」と、橫合から聲を掛けられた。さつきは來てゐなかつた筈の三等郵便局長の叔父が羽織袴で控へてゐた。叔父は駿二に盃を勸め、それから、木村氏の方へ向きながら、一人合點な口調で、「何せ、これは芽出度いですな。肉親眷屬合相寄つて、お互にいぢめたり、いぢめられたりしてゆくところに人間が練れて行くといふものでせうな」と頻りに辨じ立てた。見ると木村氏の夫人は木村氏の側で銚子を持つたまま居睡りをしてゐたが、「姐さん、お銚子」と、木村氏に頰をつつかれて、ぽつと腫れぼつたい瞳を開いた。駿二はそのあどけない姿が何だかおでん屋の娘に似てゐるなと思つてゐると、木村氏の夫人は退儀さうに小さなあくびをして、誰彼に酒を注いで廻る。そのうちに室内は轟々と笑聲や放歌や勝手な熱で充滿して來た。今、室の片隅の方では駿二の友達が四五人、一人のマダムを取圍んで何か面白さうにうち興じてゐたが、「あの、どら息子がね今度……」と、一人が話し出すと、「あんな生活力のない男が結婚するかと思ふと俺はまさに憂鬱だ」と、一人は忌々しさうに顏を顰め、「それにしても、あんな野郞のところへ來る女房はさぞ悲慘だらうな」「ええ、それは全く女のひとが可哀相だわ」と、マダムが大溜息をつくと、「義憤に燃えるぞ」と、一人は氣色ばんで起立しかけたが、「まあ待ち給へ」と一人が頤を撫でながら制し、それから低い聲で何か打合はせてゐたが、突然一同はワハハハと痛快さうに笑ひだした。すると、この時まで駿二の脇でぐつたり頭を垂れて睡つてゐた從弟が急にブルブルと醉が覺めたらしく眼を開き、「おい! 何だと! とにかくビール持つて來い!」と、呶鳴り散らした。そのためにあたりの空氣はすつかり白らけて來た。「さあ、これからもう一ぺん花嫁の衣裳でも見せてもらひませう」と、駿二の姉は妹を誘つて立上つた。それをきつかけに人々はみんな坐を立つて、ぞろぞろと隣の座敷の方へ行つた。何時の間にか駿二の寢間はとりかたづけてあつて、座敷は眞晝のやうに明るい電球が點されてゐた。駿二の姉と妹はそこに集まりて來た女達に兢賣の品でも示すやうな調子で、勝手に簞笥の中から衣裳を引張り出して、景氣よく振舞つた。姉は刺繡入りの丸帶を掌に繰展げて、「これはどう。疵ものではありません」と、云ふと皆は面白さうにワハハと笑つた。「でも、その帶の模樣はモラルがないと思ふわ」と、妹は口を插んだが、その言葉は反響を呼ばなかつた。姉は今度は簞笥の戸棚から湯婆を發見した。「おや、おや、まあ、まあ、ゆ、た、ん、ぽ」と、姉は嬉し相に湯婆を搖すぶつてみた。どうも不思議なことにはその湯婆はばちやばちやと音がするのであつた。かういふ發見に刺戟されたためか、今迄ぼんやりと見物してゐた駿二の弟が、今度は單獨で本箱の中を引搔廻した。中學生の弟は一番にアルバムを持出して忙しげにパラパラとめくつてゆく。駿二はその側へ行つて覗き込んだが、同じやうな制服を着た女學生の寫眞はかりが現れ、どれが自分の嫁になる人物なのかわからなかつた。その時まで何といふことなしに、陳列品をこまごまと見て步いてゐた母が、駿二の耳許へ來て、「大槪よく揃つてはゐるが、盥が無いね」と呟いた。駿二は自分の落度のやうにちよつと情ない氣持がした。そこへまた從弟がやつて來て、「ね、ね、君、君、こんなに嫁入仕度ばつかし派手であつても、肝腎かなめの君が素寒貧では何にもならないではないか。この嫁入道具を收めて置くだけの家もない身分では結局、簞笥、長持、下駄箱の類など、ここの家の倉であくびをするばつかしだ。この矛盾を君はてんで氣づかないのか」と難詰して來る。駿二は今更のやうに座敷の品々を見渡したが、何とも返答が出來なかつた。恰度その時、家の老婆が箒を持つて來て、座敷を掃きだした。「さあさあ、何時までもそんなところへ突立つてゐないで、歸つておやすみなさい」と老婆に云はれると、從弟は案外素直に引退がつた。まだ誰か二三人寢呆け顏で簞笥の前に佇んでほそぼそと話してゐたが、それらも何時の間にか自然と姿を消した。そこで駿二は老婆が延べてくれたらしい蒲團の上に、漸く手足を伸して橫はることが出來た。灯はもう消されてあつたが、隣室の薄ら明りがどういふものか少し氣になり、今度は芯からは睡れさうになかつた。それでも眼は自然に塞ぎ、早春の深夜のなまめいた空氣の中にうつらうつらと氣持は遙かになつて行つた。

 暫くすると、突然玄關脇で電話のベルがけたたましく鳴出した。駿二は夜具の下でふと目を見開いたが、皆よく熟睡してゐるためか、ベルは何時までたつても鳴歇まない。とうとう彼はまた寢卷の上に著物を引掛けると、座敷の方から出て行つて受話器をとつた。「もしもし、駿二さんですか」と、受話器は駿二がまだ何とも云はないうちに喋り出した。「一體、あなたは誰です」と、駿二はむつとした聲で訊ねた。「あら、わかんないの、ひどいわ」と、女の聲は浮々してゐる。「名前をおつしやい、名前を」と、彼が焦々して訊ねると、「ハハハ、名前なんか御座いませんよ、わたしはただの女です」さう云つて、ぷつんと電話は切れてしまつた。彼は何だか愚弄された後の味氣なさに暫く悄然と玄關に佇んでゐると、表の戶にどたんと何か突當たる音がした。その瞬間、彼はピクつと背筋に冷感を覺えた。ぢつと聞耳を立ててゐたが、しかし、誰もやつて來る氣配はなかつた。駿二は再び座敷に引戾し[やぶちゃん注:「ひきかへし」と訓じていよう。]、頭からすつぽり夜具を被つて睡つた。

 朝がたふと素晴しい夢をみて駿二は目が覺めた。何だか昨夜は隨分といろんな奇怪があつたやうだつたが、その割りには睡眠も足りてゐた。今日はどうやら天氣も快晴らしく、屋根の方で雀の囀りが聞える。暫くぼんやりと床の中で怠けてゐると、まるで駿二は少年の昔へ還つてゆくやうな氣持がした。枕邊にある昨夜運ばれて來た夥しい嫁入道具を寢た儘眺めてゐるとそれがまた姉の昔の嫁入を想はせた。すると、その時するすると襖が半分開いて、姉の顏が現れたので、駿二はおやと思つた。姉は何時の間にか丸髷を結つてゐて、大層氣張つてゐる容子だつた。姉は駿二がまだ寢てゐるのを何か珍しさうに眺めてゐたが、やがて無言のままその襖を閉ぢた。

 間もなく駿二は着物を着替へて起上つた。洗面所の方へ行くと、そこでは妹がこれも何時の間にか丸髷を結つてゐた。妹は自分の髮恰好に腹が立つらしく、顰面してすぢやりで鬢を修繕してゐたが[やぶちゃん注:「すぢやり」は不詳。或いは「筋」は細い「髪」の意で、「やり」は「遣り」或いは「槍」で、単独一本の簪或いは簪状の髪撫で・髪直しをする道具のことか。識者の御教授を乞う。]、その側では妹婿がいかにも嬉しさうに丸髷の手入れを見物してゐるのだつた。妹婿は駿二を見ると齒を剝出して笑つた。その時、緣側の方から近所に住んでゐる叔母がやつて來たが、駿二にむかつて大きな聲で、「おめでたう」と云つた。駿二はぴよこんと頭を下げた。次いて、今度は玄關の方から郵便局長の叔父夫妻がトランクを提げてやつて來た。叔母同志は早速何か喋り合つて賑々しく着物を着替へたり足袋を穿いたりした。二人の叔母の盛裝が出來上つた頃には、家の内は人々が入替り立替り現れた。遂に木村氏も現れた。木村氏はモーニング姿で駿二に輕く微笑した。從弟も紋附姿でやつて來た。彼は駿二を認めると格式ばつて、「おめでたう」と挨拶した。昨夜とは形勢がまるで變つてゐて、駿二は何とはなしに嬉しいやうな奇妙な感じがした。絕えず家の内が騷然としてゐるので一時間はずんずん過ぎて行つた。姉も妹も叔母達もみんな交互に鏡の前へ行つては熱心に風采を整へてゐた。駿二はそれを手持無沙汰に見物してゐると、兄が側へやつて來て、「おい、おい、婿さん、婿さん、婿さんの支度がまだ出來てゐないぢやないか。早く紋附を着給へ。もう式の時刻が來ぞ[やぶちゃん注:ママ。「來るぞ」の脱字か。]」と急きたてた。そこで駿二は妹に手傳つてもらつて、袴や羽織を着けた。鯱張つた身に着かない感じで扇子などを弄つてゐると、表にはもう自動車がやつて來た。

 一番に兄と義兄と義弟と駿二とが自動車に乘込んだ。自動車は街はづれの公園の中にある神社の方へ對つて[やぶちゃん注:「むかつて」。]走り出した。「まだ時間はありますか」と、義弟が訊ねた。義兄は腕時計をめくつて見せ、「まだ大丈夫」と、大きく頷いた。自動車は橋を渡つて、向うに公園の老樹や靑い小山が見えて來る。路傍や空地に枯草の黃色い日南[やぶちゃん注:「ひなみ」或いは「ひなた」で「日向」のことである。]が出來てゐて、澄んだ空氣の中には何か鋭い線が光つてゐた。やがて自動車は小さな堀の中の石橋を渡り、山麓にある神社の境内で停まつた。四人が地面へ降りると、向の社殿の方には恰度今、式が濟んだらしい他所の二組が屯してゐて、花嫁とおぼしきものと、介錯の女の姿は目立つたが、その他の連中はみな一樣な服裝で、どれが婿なのか遠くから見わけもつかなかつた。駿二達は控所の方へ上り、白い布を掛けたテーブルの前に陣どつた。神社のすぐ後が山の崖になつてゐるので冷えるらしく、義兄は火鉢で掌を炙りながら頻りに寒がつた。そのうちに二臺の自動車が入口の方へ來て停まつた。一臺はシルクハツトの木村氏や山高帽の郵便局長などで、もう一臺は駿二の母や丸髷の姉や妹達であつた。それからまた一臺やつて來たが、今度は駿二の叔母や叔父達であつた。かうして婿の方の人員は既に揃つたらしかつたが、嫁の方の軍勢はまだ一向姿を現さなかつた。さつき式の濟んだ連中が今自動車で歸つて行つた。「遲いなあ」と、木村氏は時計を捻りながら呟いた。すると、自動車が二臺境内に現はれた。皆の眼は一樣にその方角に注いだ。白い衣裳を着て、白い被衣[やぶちゃん注:「かづき」或いは「かつぎ」。]を被つてゐる女と、それに附添ふ黑衣の女がまづ駿二の眼にも這入つた。誰が誰やらわからないながら紋附姿の男女が八九人威勢よく步き、こちらとは反對側の控所の方へ進んで行き、白い被衣を被つた女と介錯はのろのろとその後から步いてゐた。

 もう間もなく式が始まる時刻で、今迄小聲で話し合つてゐた人々も暫し沈默した。駿二は何がなし木村氏の口鬚を眺めた。チツクでよく揃へて尖らせてゐる鬚がいかにも改まつた感じであつた。それから今度は母を眺めた。人中へ出るとのぼせる癖のある母は頻りにハンケチで紋附の膝のあたりを拂つてゐた。廊下の方から足音がして、白い裝束をした男が「どうぞ」と一同へ挨拶した。一同は立上つて、ぞろぞろとその男の後から從いて行つた。板の間の白い布を掛けた二列のテーブルの片方の端へ駿二の席があつた。正面は開け放しになつてゐて、山の崖の一部が見え、岩の中に神棚はしつらへてあつた。何處からともしれず琴の音がして、天井の色紙や榊がさらさらと搖れてゐた。そこは控への間より更に冷々としてゐた。間もなく、白裝束の男に導かれ先頭に白い被衣を被つた女と介琶それ違いて八九人の紋附がぞろぞろと入場して來た。それらの人々は駿二と向ひ合はせのテーブルに着席した。白衣の女は被衣の下に顏を伏せてゐて、薄い被衣が重たさうに見えた。駿二が向のテーブルの男達の顏を見ると、向でも駿二をじろじろと眺めてゐるのだつた。初めて見るやうな顏や、何處かで見たことのあるやうな顏が並んでゐた。神主が現れて、儀式は徐々に進行して行つた。駿二がぼんやりと神主の立居振舞を見てゐると、神主はやがて大きな紙を展げて朗讀しだした。次いて木村氏が誓詞を讀み上げた。それが終つたかと思ふと、緋の袴を穿いた白衣の少女が何か捧げて駿二の前に置いた。それから又何か運んで來た。見ると土器の盃が据ゑてある三方であつた。神主の合圖に從つて、駿二はその上の盃を掌にした。少女は銚子から盃の上にかすかに土器が濕る程度の液體を注いだ。それを駿二が唇にあてて下に置くと、少女は向のテーブルの新婦の方へ持つて行つた。それから再び駿二のところへ持つて來て、また新婦の方へ持つて行つた。漸く土器の持運びが終ると、今度は榊の枝を駿二の前に持つて來た。神主が新郞新婦に起立を命じた。どうなることかと駿二は起立してゐると、神主が號令を掛け、駿二は岩の方の神棚へ對つて、ぴよこんとお叩儀をして席に戾つた。

 儀式はそれからまだ暫く續いた。一段落終つて、席の入替りがあり、又盃が運ばれて來た。兩方の親戚の姓が木村氏によつて、次々に紹介されて行つた。その頃になると、皆の顏もいくらか寬ぎの色が漾ひ、駿二も吻としたやうな氣持だつた。そして式は當然終つたのであつた。

 控への間に引返すと、皆は急に活氣づいて、次に控へてゐる宴會のために動作も浮々して來た。宴會は神社と道路を隔てて向ひ合はせになつてゐる料理屋で行はれるので、皆はてんでにその家の方へ步いて行つた。駿二も兄達に從いて行くと、玄關には下足番が控へてゐて、廊下には火鉢と座布團が一盃並べてあるので、これは大變な盛會らしかつた。控への座敷へ這入ると、そこの部屋には式の時には居なかつた人の顏が段々現れた。近所の人の顏や、駿二が久振りに憶ひ出すやうな顏で狹い部屋は賑はつた。やがて、女中の案内で大廣間の方へ皆は導かれた。

 大廣間の舞臺の脇に金屛風が立てられ、そこに駿二の席があつた。その左右が嫁と母の席らしかつたが、どうしたものかなかなか姿を見せない。それで駿二ひとりがぽつねんと屛風を背にしてその離れ島のやうな坐蒲團の上に坐り、小さな火鉢で掌を炙つてゐると、向の席ではもう笑聲や盃のやりとりが始まつてゐた。見渡せばずらりと並んだ人々の顏が遠くまでぐるりと大廣間を取卷いてゐて、何千ワツトのシヤンデリアが煌々と輝いてゐる。駿二はどうも自分の結婚式にしてはあまり盛大すぎるので稍不安になつて來た。そのうちに舞臺の方では幕が上つて、舞踊が始まり、大廣間は賑はひに滿ちて來た。駿二は自分の前の膳を見下したが、伊勢海老、鯛など贅美を極めた料理も、どうも窮屈で箸がつけられない。すると遙か斜橫の方の席から今迄彼を觀察してゐたらしい叔母連中や姉妹が駿二に聲を掛けて、にこにこ笑ひ出した。「少しはお飮みなさい」と、姉は駿二の方へ盃を運ばせた。駿二が四つの盃を一つ一つ乾してゐると、何時の間にか母がやつて來て、「あんまり飮むといけませんよ」と、注意した。それから母は駿二をしみじみと眺めて、何か云ひたげであつたが、「はじめて主人からきかされる言葉は生涯、身に沁みるものだから、お前も今夜は何か云ふことがあつたら、云ひきかせておやりなさい」と、云ひ殘すと、忙しげに席を立つて何處かへ行つてしまつた。駿二は、それでは一つ何か立派な格言でもないかしら、と思つたが、思ひつかず、それに、前に一度見合ひの席で逢つた時も遂に口もきけなかつた相手に、そもそも今夜は何といつて話を始めたらいいのか頻りと思ひ惑つた。

 暫くすると、駿二の正面に郵便局長の叔父がやつて來てぺつたり坐つた。叔父はもう大分御機嫌らしく、德利をふらつかせながら駿二に盃を勸めた。「飮み給へ、駿二君。なにしろ芽出度い。なあに遠慮はいらん。しつかり勇氣を出して人生を邁進することぢや」と、叔父はひとり合點に頷いては駿二に盃を勸める。すると、その橫に學務課長の木村氏がやつて來てこれまた昨夜以上に矍鑠たる醉顏で、「處世訓を云つてきかせる。先んずれば則ち人を制し後るれば則ち人に制せらる、だ。君のやうに愚圖愚圖してゐると女房にまで侮られるぞ。いいか、結婚は格鬪だ。見給へ、向ふに並んでゐる幾組の夫婦たちだつてみんな火の中、水の中を潛り拔けた猛者だ」と、木村氏もまた駿二を激勵するのであつた。駿二も盃を重ねてゐるうち大分醉つたらしかつたが、見渡せば丸髷の重さうな妹はまだ若かつたが、そこに並んでゐる多くの連中は大槪年寄で、夫婦喧嘩の數を重ねて來たらしい錚錚たる面構へであつた。そのうち今迄、姿を現さなかつた花嫁が駿二の母に連れられて座敷にやつて來ると、一人一人に挨拶して廻つてゐたが、その衣裳がさつきとは變つてゐるので駿二は珍しげに遠くから眺めてゐた。挨拶がすむと花嫁と母はまた、すつと消えて行つたが、間もなく母が駿二のところへやつて來て、手招いた。

 駿二が母の後に從いて廊下を曲り、別の小さな部屋へ行つてみると、そこには花嫁と駿二の姉がぺたんと坐つてゐた。駿二が這入つて行くと、花嫁は橫眼を使つて彼を眺めた。この前見た時より、彼女は大變別嬪のやうに思へた。「それでは、さきに三人で歸つてゐなさい」と、母が云つてゐるうちに、「自動車がまゐりました」と、女中が云つて來た。駿二と花嫁と駿二の姉は並んで自動車に腰掛けた。夜の闇の中に樹木の肌がライトに照らし出されて白く現れた。駿二は側にゐる花嫁をなるべく意識すまいとして先んずれば人を制すを繰返してゐた。

 それから間もなく自動車は駿二の家の前に停まつた。老婆や嫂や中學生の弟達がみんな珍しさうに花嫁を出迎へた。どういふものか駿二の嫁は家へ上つてからも、ぢつと淋しさうに口をきかず俯向いてゐるので、間もなく人々は退散し、駿二と彼女だけが應接室に殘された。大きなテーブルを隔てて、無言のまま腰掛けてゐると、駿二は段々氣まりが惡くなつて來た。早く何とか云はなければ、一生ものが云へなくなるかもしれない。それなのに相手は相變らず眼を伏して、高島田の首を重さうに縮めてゐる。ああして相手はぢつとこちらを觀察してゐるのかもしれないし、腹の中ではもうそろそろ侮りだしたのだらうと、駿二は氣が氣でなかつた。火の中、水の中だと、駿二は自分の踵で自分の足を蹴りながら、

「オイ!」と呶鳴つた。あんまり大きな聲だつたので自分ながら喫驚したが、もうどうなりとなれと思つた。

「君は何といふ名前だ?」

 その瞬間、阿呆なことを聞く奴と腹の中で思つたが、花嫁は默々と顏をあげて彼の方を見るばかりだつた。駿二はまた氣が氣でなかつた。よろしい、それならば格鬪だ。

「オイ!」と、今度は前よりもつと大聲で呶鳴つた。

「何とか云へ! 何とか!」

 花嫁は猶も平然として駿二を眺めてゐたが、やがて紅唇をひらいて、

「なんですか! おたんちん!」

 と、奇妙な一言を發した。

 おたんちん、それは今日はじめて聞く言葉であつて、どういふ意味なのか駿二にはわからなかつたが、ああ、遂に自分はおたんちんといふものなのかなあ、と、駿二はキヨトンとした顏で、怒れる花嫁をうち眺めた。

 

[やぶちゃん注:原民喜は本篇の書かれる六年前の昭和八(一九三三)年三月に貞恵と見合結婚している(但し、実は民喜は少年時代、少女の頃の彼女に逢っている。『吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「葡萄の朝」』を読まれたい)。]

 

 

 

 沈丁花

 

 三日目に春二は結婚式の時と同じ服裝で、その上にトンビを着て、朝の街を步いてゐた。花嫁は春二の母に連れられて、お禮まはりをしてゐて、それが濟んでから寫眞屋で彼とおちあふことになつてゐた。春二は家を出る時、その寫眞屋が何處にある町かと母にしつこく訊ね、さきに寫眞屋へ行つたら何といつたらいいのかと、そんなこともひとから敎へてもらはねば安心出來なかつた。往來に出てみると、朝日が薄すら照つてゐて、氣持は爽やかになつてゐた。それでずんずんいい加減な方角にむかつて步いてゐると、靑山寫眞館といふ看板がある前を通り越して、暫くして氣がついた。急に春二は硬直した氣持になり、玄關先のベルを押した。

「どうぞ、お二階へお上り下さい」と黑い上張を着た男が出て來て、春二を二階へ導かうとした。

「まだ、あとから連れが來ますから」と、彼は辨解した。

「承知致しました、とにかくお二階でお待ちになつて下さい」と、寫眞屋は頷いて引退つた。

 控への間では小さな女學生が二人腰掛けてゐた。春二はその女學生に冷やかされはすまいかと思つたが、もうその時にはトンビを脫いでゐた。紋附袴のぎこちない姿で、春二はソフアに腰掛けた。彼は焦々して落着かず、頻りにタバコを吸つてみた。花嫁はなかなかやつて來なかつた。今、母に連れられて近所を囘禮してゐる、さわ子のことを思ふと、春二はかすかに氣が揉めるのだつた。

 その時、誰か二階へ上つて來た。視ると女學生の連れらしい一人がやつて來て、「今日はやめて、この次にしませうよ」と話し合つてゐたが、やがて二人を誘ふて出て行つた。春二はテーブルの上の寫眞帳をめくつて、ぼんやり眺めだした。漸く母の聲が階下できこえた。彼は晴れがましい氣持にかへつた。母に從つて、さわ子はなよなよと裳をひきずるやうにしてやつて來た。食慾がないといつて殆ど何も食べようとはしない彼女は、別に衰へもせず、お白粉で整へられた、高島田の顏はおつとりしてゐた。

 寫眞屋がやつて來て、準備を始めた。春二とさわ子は並んで立たされた。ふと見ると、隣の室の入口のカーテンが四、五寸開いてゐて、そこに鳥籠があつた。窓から射す陽の光を浴びて、二羽の小鳥はうれしさうに羽ぶるひをしてゐる。春二はそれをさわ子に見せてやりたいと思つたが、彼女は眞面目くさつて、寫眞師の方を向いてゐた。寫眞機はもう用意されてゐた。黑衣の男は春二の側へやつて來て何度も姿勢を訂正した。彼はだんだん窮屈になつた。愈々撮影といふ際になつて、寫眞師はまた春二の正面にやつて來た。それから彼は春二の胸の邊を眺めてゐたが、

「どうもこれは裏がへしになつてゐますな」と、羽織の紐に掌をかけた。再び寫眞師は位置に戾つた。輕い唸りがして、撮影は終つた。

 寫眞が濟むと、春二達はさわ子の里へ出掛けて行くことになつてゐた。春二は家に戾つて、紋附を洋服に着替へた。晝餉が濟むと、もう自動車がやつて來た。

 母とさわ子と叔母と春二の四人は急いで驛のホームを步いた。列車は空いてゐて、四人は一處に席をとつた。窓から這入つて來る風は淸々してゐたが、母は不安げに車内を見渡してゐた。さわ子はうつとりと沈默してゐた。春二はかうして母や叔母達と旅をした記憶が子供の昔にあつたやうに思へた。汽車は新鮮な空氣の中を走り、靑く尖つた溪流がすぐ側に見えて來た。母と叔母はお喋りをつづけ、春二とさわ子は默りつづけてゐた。二時間あまりして、汽車は山間の小驛に停まつた。そこが春二のはじめて訪れるさわ子の里であつた。

 ホームに降りると、先日式の時居た男の人や、見知らぬ人々が近づいて來た。廣場に自動車が待たされてゐて、春二達はそれに乘せられた。

「窓が少しあきませんかしら、どうも顏が火照りますから」と春二の母は辛らさうに云つた。同車した男の人が栓を捻つて、窓から少し風が這入つて來た。自動車は寂れた家並の中をぐるぐる走りだしたかと思ふと、五分と經たぬ間に、一軒の家の門で停まつた。そこがさわ子の實家であつた。

 家に着いた途端にさわ子の姿は見えなくなつてゐたが、春二と彼の母は座敷の方へ導かれて行つた。簷の深いどつしりした家で、夕刻近い座敷に坐らされてゐると、冷んやりして來た。暫くして、さわ子の母親が茶菓を運んで來た。彼女はテーブルの上に茶碗を置くと、

「粗茶で御座いますが召上り下さい」と、鄭重な口調で春二の母に勸め、それから春二にも同じ文句ですすめた。彼は何かかしこまつた氣分でお茶を飮んでみた。

 やがて春二はさわ子の母親に案内されて、長い廊下を廻り風呂へ這入つた。湯はひつそりとしてゐて、近くで沈丁花の匂ひがしてゐた。着物に着替へて座敷へ戾ると、片隅で母と叔母が火鉢にあたつてゐた。

「暗くならないうちに少し外の景色を見せてもらひませう」と、叔母は春二と母を誘つた。裏口から下駄を穿いて、細い露次を通り拔けると、すぐに畑道に出た。麥畑が淡く暖かい色を橫たへてゐる向に小川の白い石崖が見え、大きなトタン屋根の上には岩に似た小山がによつと聳えてゐて、空が紫色に變つてゐた。なだらかな低い山の方に星が二つ三つ輝いてゐた。すぐ近くで牛の啼聲がしてゐた。家の方を振向くと、土藏のむかふに酒造會社の煙突があつた。

 座敷へ引返すと、電燈が點いてゐて、食膳が整へられてゐた。もう、さわ子の家の家族はみんな坐つてゐたが、さわ子だけは姿を見せなかつた。義兄は頻りに春二に酒をすすめた。

「この土地で造る酒は決して飮んで頭が痛くなりません」と、云はれるので、春二もいい氣になつて飮んだ。

「春二さん、あんたが五つか六つの頃でしたでせう、私がその叔母さんのところへ下宿してゐたのは」と、義兄は話しだした。さういへば、春二は最初から見憶えのある顏のやうに思へてゐた。春二は醉ぱらつた頭で遠い昔を囘想してゐた。叔母の家の机の上にある懷中時計の秒針がチクチク動くのを不思議に思つて視守つてゐたことがあるのだつた。春二がぼんやりして、座敷を眺めてゐると、廊下の方にはしやいだ聲がして、さわ子が現れた。見ると、何時の間に變つたのか、高島田の花嫁であつた彼女は、今は束髮の娘になつてゐた。動作や言葉も急に活々(いきいき)してゐた。

「お飮みなさい、お酌してあげます」と、さわ子は銚子を持つて春二の前に坐つた。何だか春二は恐縮しながら盃を受けた。

 氣がつくと、もうかなり夜更らしく、外はしーんとしてゐた。

「さあ、離れの方へ行きませう」と、さわ子は春二を誘つて、裏口から下駄を揃へた。

「溝があるから足もとに注意しなさい」と、さわ子は懷中電燈で露次の闇を照らした。春二は何處へつれて行かれるのやら、今は朦朧とした氣分で從いて行つた。水の音がしてゐるやうであつた。間もなく石段があつて、そこを上ると小さな庭のむかうに燈の點いた障子が見えた。そこが離れであつた。壁も天井も荒屋の趣で、中央にはぬくぬくと炬燵がしっらへてあつた。

「炬燵へあたりませう」と、さわ子は嬉しさうに炬燵へねそべつた。春二は今更珍しさうにあたりを見廻した。さわ子のほかには誰もゐない夜更のあばら屋であつた。さわ子は小娘のやうにお喋りになつてゐた。

 その翌日、義母の案内で春二はそこから數里奧の山寺を見物した。妻は家で留守番をしてゐた。春二と母と叔母達は自動車に乘り、うねつた山道を搖られた。山頂に近づいた頃、微雨が落ちて來た。自動車を降りると、澄んだ山の靈氣が匂つて來た。靜かにせせらぎの音が聞え、春さきの黃色つぼい樹の花が點々と煙つてゐた。

 

 春二の家へ戾つて來た翌朝、さわ子は座敷で母や嫂と一緖に旅先へ送り出す荷拵へをしてゐた。持つて來た嫁入道具の中から春二の貧しい住居に應はしいだけの品々が選ばれてゐた。春二は炬燵にあたつてぼんやりしてゐた。翌日はもう春二達は旅に出る手筈であつた。

 晝食後、春二がまた炬燵に引込んでゐると、さわ子がやつて來て、

「これからお父さんのお墓へまゐりませう」と、云ひだした。春二はちよつと妙な氣がしたが、默つてトンビを着た。門を出ると中學生の弟が從いて來た。三人はぶらぶら麗かな街を步いた。寺へ來ると、さわ子はハンドバツクの中から珠數をとり出して、父の墓に合掌した。春二は帽子をとつてぴよこんとお叩儀をした。

「少し散步してみようか」と、春二は云つた。寺から少し行くと橋があつて、その川を渡ると公園になつてゐる。先日、結婚式が行はれた神社もそこにあるのだつた。その邊は昔から春二がひとりでよく散步した場所だつた。神社の前を通り過ぎてみると、今日は結婚式もなささうで、ひつそりしてゐた。そこから少し行くと練兵場がある。もう柳も芽ぐんでゐた。遠くの山脈は靑かつた。その邊の景色は昔と少しも變ってゐなかつた。それから春二達は川の堤に出て、橋の袂まで來た。ふと、橋の下を見ると貸ボートの旗が出てゐた。

「ボートに乘つてみようか」と、春二は突然云ひだした。日はもう傾きさうだし、水はまだ寒さうだつた。

「乘つてみませう」と、さわ子はすぐに同意してしまつた。三人は橋の脇の石段を下りて、貸ボートのところへ行つた。春二の弟が默々とオールを漕ぎだした。春二は對ひ合つてゐるさわ子の顏が風に吹かれてゐるのを眺めた。移動する兩岸の上の空が淡く暮色に染められてゐた。ポシヤつと方向を變へようとしたオールが水を跳返した。水はさわ子の袂に散つた。「大丈夫」と云ひながら、さわ子は袂の水を絞つた。ボートを降りると、日はとつぷり暮れてゐた。

 

 その日は何となしに朝から忙しい氣持であつた。重な荷物は昨日發送されてゐたが、汽車に持つて乘るこまごましたものをさわ子は取揃へてゐた。姉妹や親戚からの餞別の品がトランクのまはりに束ねてあつた。春二はぼんやりと二階の窓に腰掛けて、外を眺めた。よく晴れた空がうらうらと續いてゐて、瓦の上には陽炎が感じられるのだつた。

 晝餉が終つたかと思ふと、もう時刻が迫つてゐた。家には姉夫妻に妹、叔母などが見送りのためにやつて來た。母も兄も嫂もあわただしげに外出着に着替へた。春二は緊張した面持で、重いトランクを提げてみた。そのうちに自動車が來て一同はどかどかと乘込んだ。今、見殘してゆく巷はピカピカ光つてゐた。驛はひどく混雜してゐたが、人混の中に親戚の顏もあつた。列車に乘込むまで春二は頰が火照りつづけてゐたが、やがて席が定まつて窓の外を見ると漸く見送りの人々の顏に氣づいた。大勢の顏に對つてさわ子は一人一人聲をかけてゐる。春二は默々と明るい眼ざしになつてゐた。發車のベルが鳴り、汽車は構内を出て行つた。

 急に窓の外が明るくなり、もう見送りの人々も見えなかつた。空いた二等車の席に春二はさわ子と對ひ合つて腰掛けてゐた。さわ子の膝の上の派手な着物の模樣や、帶どめに明るい外光は降灑いだ。彼女は急に快活になり、よく喋りだした。春二も今吻とした氣持であつた。さわ子はトランクを開いて、今朝妹から餞別に貰つた菓子箱の水引をはづした。金、銀、赤、綠、紫の紙に包まれたチヨコレートであつた。彼女はそれを掌で掬ひハンケチに包んだ。

 急行列車は先日さわ子の里へ行つた際と同じ軌道を走つてゐた。あれはまだ一昨日のことだが、もう大分前の出來事のやうにも思へた。外の景色も今日は眩しすぎる位だつた。

 やがて見憶えのある靑い溪流が見え隱れした。さわ子は上氣したやうな顏になり、通過する小驛を數へた。

「そら今度は私のところの驛よ、誰か見送つてゐてくれるかもしれないから、ちよつと向へ行つてみますよ」

 さう云つて、さわ子は席を立つて昇降口の方へ行つた。列車は速度を緩め、今その驛を通過するらしかつた。春二は窓から外を凝視めたが何もわからなかつた。間もなくさわ子は笑ひながら席に戾つて來た。

「誰かゐた?」

「ゐましたよ、弟が家の外で手を振つてゐたのよ」

「それでわかつた?」

 彼女は滿足さうに領いた。

 空が靑く潤んで睡むさうになつてゐた。汽車は山間を拔けて、海岸附近の家並が見えて來た。そして間もなく一つの驛に停車したが、すぐに發車のベルが鳴響いた。すると誰かあわただしく車内に乘込んで來た。

「お母さん」と、さわ子は歡聲をあげた。

「やあれのう」と、彼女の母は嵩張つた風呂敷包を抱へて、息をきらせながらさわ子の前へやつて來た。そして彼女の母は忙しさうに風呂敷包を披いた。

「この海苔はあまり上等でないから焚いて佃煮につくるといいよ、奈良漬も持つて來たげた、汽車辨當二つ買つておいたよ、葉書もある、さいさい便りを貰ひたいから持つて來ましたぞ」

 さう云ひながら彼女の母は一つ一つさわ子に手渡した。それからも絕えず急いでいろんなことを喋りつづけた。

「すぐに便りを頂戴」

「さわ子は理窟屋ですが、まあまあよろしく賴みます」

 そのうちに汽車は間もなく次の驛へ停車した。「さよなら、元氣でね」と、云ひ殘すとさわ子の母は立上つて降りて行つた。さわ子の母はホームから汽車の方を眺めてゐたが、ふとアイスクリーム屋をみつけると、呼びとめて、二つのクリームを窓の方へ差出した。

 

[やぶちゃん後注:貞恵は本「沈丁花」が発表された三ヶ月後の昭和一四(一九三九)年九月に喀血した(推定。糖尿病(発症年齢と症状からⅠ型と推定される)も患っていた)。それ以降、民喜の作品発表は減ってゆくこととなる。貞恵は昭和一九(一九四四)年九月、重い糖尿病と肺結核のために亡くなった。そして、その十一ヶ月後、民喜は広島の実家で被爆した。以下は、「原民喜についての私のある感懐」で既に記したものであるが、ここに再度、掲げておく。

 原民喜の被爆を綴った「夏の花」の冒頭は、

   *

 私は街に出て花を買ふと、妻の墓を訪れようと思つた。ポケツトには佛壇からとり出した線香が一束あつた。八月十五日は妻にとつて初盆にあたるのだが、それまでこのふるさとの街が無事かどうかは疑はしかつた。恰度、休電日ではあつたが、朝から花をもつて街を步いてゐる男は、私のほかに見あたらなかつた。その花は何といふ名稱なのか知らないが、黃色の小瓣の可憐な野趣帶び、いかにも夏の花らしかつた。

 炎天に曝されてゐる墓石に水を打ち、その花を二つに分けて左右の花たてに差すと、墓のおもてが何となく淸々しくなつたやうで、私はしばらく花と石に視入つた。この墓の下には妻ばかりか、父母の骨も納まつてゐるのだつた。持つて來た線香にマツチをつけ、默禮を濟ますと私はかたはらの井戸で水を吞んだ。それから、饒津(にぎつ)公園の方を廻つて家に戾つたのであるが、その日も、その翌日も、私のポケツトは線香の匂がしみこんでゐた。原子爆彈に襲はれたのは、その翌々日のことであつた。

   *

で始まる。これは無論、事実であるが、彼が被爆当日から起筆しなかったのは、決して題名「夏の花」のための小手先の伏線ではなかったことは言うまでもない。

 彼の中の、後の「遙かな旅」(『女性改造』昭和二六(一九五一)年二月号初出。民喜はこの翌月の三月十三日に鉄道自殺した。リンク先は私の電子化注)で回顧されて告白されている、

   *

もし妻と死別れたら、一年間だけ生き残らう、悲しい美しい一冊の詩集を書き残すために……

という被爆以前の遙か前からの思いこそが、この書き出しを確かに選ばせたのである。

 我々は原民喜を、専ら、「被爆文学者」「『水ヲ下サイ』の被爆詩人」として認知し、多くの読者はそれを当然のこととしている。恐らく、向後も彼はそうした《原爆の詩人》として認識され続け、「被爆体験を独特の詩やストイックな文体で稀有の描出を成した悲劇の詩人」として記憶され続けることは間違いない。

 彼の盟友であった遠藤周作が四十年以上前のTVのインタビューの中で、原民喜のことを回想し――戦後、一緒に神保町を歩いていた時、彼がいなくなったので振り返ってみたら、立ち止まった彼が、交差点の都電の架線から激しく迸る火花を、固まったようになって、凝っと、見つめ続けているのを見出し、被爆の瞬間が彼の中にフラッシュ・バックし続けている、と強く感じた――といった思い出を述べておられたのを思い出す。

 原民喜は妻貞恵の死によって激しい孤独と悲哀のただ中に突き落とされた。それは、『一年後には死のう』という嘗ての自身の思いを呪文のように心内で繰り返し呟き、しかもそれを現実の目標とするほどに、鞏固な、痛烈な、《確信犯の覚悟》であったのだと私は思う。

 しかし、その一年後の、彼の定めた《生死の糊代(のりしろ)》の場面に於いて、彼を恐るべき原爆体験が襲ったのであった。

 しかも、戦後、彼は「夏の花」以後の著作を以って、文壇や読者や文化人らから「被爆詩人」「原爆文学者」という名を奉じられてしまった。

 愛妻貞恵の死から生じた死への強い傾斜志向に加え、それに、意識上、不幸にしてダイレクトに繋がる形での、被爆の地獄絵を超絶した体験は、彼をして激しいPTSDPost Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)に陥らせたことは、最早、誰も否定しないであろう。遠藤の見たそれは、まさにその病態の一つであると私は思っている。

 私は何が言いたいのか?

 それは、彼を自死に追い込んでしまった責任の有意なある部分は、彼を純粋な詩人・小説家としてではなく、悲惨で稀有な被爆体験をした「悲劇的被爆文学作家」としてレッテルし、彼に対し、意識的にも無意識的にも、そうした「被爆文学」の「生産」を要請し続けた文壇や文化人、ひいては、そうしたものを求め続けた読者――人間たちにこそあったのだと私は思うのである。

 彼は確かに被爆以前から愛妻を失ったことによる強い自死願望があったし、さらに溯れば、それ以前の独身時には、放蕩の末、昭和七(一九三二)年の夏、長光太宅での発作的なカルチモン自殺未遂なども起している。

 しかし、だからと言って、我々の恣意的な彼への被爆詩人レッテル化という彼にとっての致命的決定打が正当化されるわけではない。

 彼は決して著名な「原爆詩人」などにはなりたくはなかったし、そんな素振りは彼の一言一句にさえ現れてはいない

 彼は

「悲しい美しい一冊の詩集を書き残した一人の孤独な――或いは人々から惨めとさえ言われるような詩人」

としてこの世から消えて行きたかったのである。「雲雀」のように…………

それをかくも祭り上げてしまったのは我々、読者、戦後の日本人なのである。

 我々は

――詩人原民喜を虐殺した一人――

なのである。

 我々はその償いのためにも――《被爆以前の詩人原民喜》を――原爆関連作品以外の作家原民喜にもスポットを当て――味わい――後代へと伝えてゆくべき義務と責任がある――

と私は今、大真面目に考えているのである。]

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