晚春鶯語賦 伊良子清白
晚春鶯語賦
希望(のぞみ)平和(やはらぎ)悲嘆(かなしみ)の
汝(な)が聲きけば鶯よ
野邊の新綠(みどり)の春の暮
「不思議」流るる心地する
美しきもの人を去り
屬(たぐひ)も低き花鳥(はなどり)に
うつるは何の現象(あらはれ)ぞ
愧づ、われまたも樹を仰ぐ
瘦せたる鳥よ永劫に
傷(いた)める胸は薄からん
ああその笛よ艷にして
千古の愁語るなり
煙るが如き夕暮に
若葉の匂漲(みなぎ)りぬ
地上の歌はやみもなほ
啼きたつるなり高らかに
[やぶちゃん注:「艷」は底本は「艶」であるが、底本は総てで「艶」の字体を用いているのであるが、これは初版「孔雀船」で「艷」が用いられているのに反するものであるから、従えないからである。初出は明治三五(一九〇二)年五月発行の『文庫』であるが、前の「新綠」の注で述べた通り、初出は「新綠」を総標題とした、河井酔茗との合作で、「雜司ケ谷鬼子母神に詣でゝ」(本篇)・本篇の原型「晩春鶯賦」・「十二社にて」( 「十二社」は「じゅうにそう」(現代仮名遣)と読む。「新綠」の私の注を参照)の全三篇から成る(後日、それを含めて初出「新綠」を別に電子化する)。その「晩春鶯賦」をかく改題してかなり手を加えた(末尾が全く異なる)ものが、この伊良子清白の「新綠」である。初出の「晩春鶯賦」は以下。
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晚春鶯賦
のぞみ、やはらぎ、悲みの
汝(な)が聲聞けば鶯よ
野邊の若葉の春の暮
「不思議」流るる心地する
美しき物人を去り
屬(たぐひ)も低き花鳥(はなどり)に
うつるは何の現象(あらはれ)ぞ
愧づ、われまたも樹を仰ぐ
瘦せたる鳥よ永劫に
女の胸は薄からん
嗚呼その聲の持ち主は
愁を語るつとめあり
夕の文(あや)は黑牡丹(こくぼたん)
聞くが如し薄墨の
闇を怖れぬ鶯は
靈(れい)なればなりいと高き
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