廢社晚秋 伊良子暉造(伊良子清白)
廢社晚秋
神杉に、
雲たちまよひ、
山の井に、
紅葉ぞうかぶ、
秋くれて、
やしろは荒れぬ。
古すだれ、
蝙蝠とびて、
神鈴を、
啄木鳥ならす。
かしは手に、
山ひここたへ、
山彥を、
月ぞきくなる。
狐火か、
峰のおちこち、
旅人の、
心なやます。
たえかねて、
行かむとすれば、
朽ちはつる、
谷のかけ橋、
はらはらと、
木の葉みだれて、
梟のなく。
[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年十月二十五日の『文庫』第一巻第四号掲載。署名は本名の伊良子暉造。前の「暉造の詩」発表の次号(十日後)のそれであるから、相応の自信作の詩篇として読める。幻妖世界への積極的な踏み込みがなかなかよいが、鏡花的域を出てはおらず、滝沢残星秋暁もそう感じたかななどと思ったりする。]