使 伊良子清白 (ハイネ訳詩)
使
とくとく起(た)てよわがしもべ
鞍おけ駒に飛び騎(の)れよ
野こえ山こえまつしぐら
デユンカス王の城に驅(かけ)れ
口取童見ゆるまで
厩(うまや)のかげにしのぶべし
かくて毛(け)見(み)せよこやつこを
「いづれの姬ぞ花嫁」と
「髮(くし)褐(かち)いろの子」といはば
こまに鞭うちとくかへれ
「黃金の髮の子」といはば
急がでかへれのどやかに
綱賣る家にたちよりて
てごろの繩をもとめこよ
こまをうたせよ物言はで
ゆるらゆるらに歸りこよ
[やぶちゃん注:明治三六(一九〇三)年五月発行の『文庫』初出(署名「清白」)であるが、総標題「夕づゝ(Heine より)」の下に、「さうび百合ばな」・「きみとわが頰の」・「頰は靑ざめて」・本「使」・「老いたる王の」・「墓場の君の」・「うきをこめたる」・「戀はれつこひつ」・「夕となりぬ」・「なれをこひずと」の十篇からなる、ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine 一七九七年~一八五六年)の翻訳詩群である。本篇題名は「使」(つかひ)と訓じておくが、本篇の原詩は私には判らなかった。初出は第三連初行が「褐(かち)のおもての子」といはゞ」である以外は、有意な異同を認めない。なお、初出の「褐(かち)」とは、紺よりもさらに濃い、殆んど黒色に見紛う藍色のことを指す。「かち」は「勝ち」に通ずることから、縁担ぎで、武士の武具の染め色や、広く祝賀の際に用いられた。「勝ち色」「かち」「かちんいろ」「かついろ」。]