鄙の名月 蘿月(伊良子清白)
鄙の名月
ひよりを空にあらはして
西にこがるゝ秋のくれ、
まちし三五の夜の月は
今やさしでぬ木の間より、
あはれ都のうへ人は
さぞや今宵の月影に
高きうてなに宴(うたげ)して
玉の杯さしかはし
ろをたき女ども侍せて
月に思ひをよするらむ。
それとは變る鄙のさま
翁は山のかへるさに
畠(はたけ)の芋のいく本と
たをれる尾花さしそへて
家居をさして急くめり
鳴く蟲の音もよそにして。
いぶせき軒のはし近に
月の宴の心して
ゆふげの膳にい向ひつ
醉ふには足らぬ御酒にしも
晝の疲れにいと醉ひぬ
月も朧に見ゆるまで。
文にはくらきさと人は
深き思ひもまゝならず
うち見る外の遊びには
口になれたる伐木(きこり)歌
ふしたえだえに謠ふ也
月よりきよき心もて。
[やぶちゃん注:明治二九(一八九六)年十月『新聲』掲載。署名は蘿月。この一篇、伊良子清白にしては非常に珍しく、二ヶ所で仮名遣いの不審が見られる。まず、第二連「ろをたき女ども侍せて」の「ろをたき」は「﨟たき」で、正しい歴史的仮名遣は「らふたき」(発音・現代仮名遣でも「ろうたき」)である。また、第三連の「たをれる尾花さしそへて」の「たをれる」は歴史的仮名遣は「たふれる」である(但し、江戸時代より「たをれる」の表記は慣用的にはよく見られる。なお、第四連の「ゆふげの膳にい向ひつ」の「い向ひつ」の「い」は「居」ではなく、動詞を強調する接頭語「い」であるから、誤りではない。]