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2019/05/23

うもれ木 すゞしろのや(伊良子清白)

 

うもれ木

 

 

  かくれ家

 

笠松の枝さすかげに、

さゝやけき庵ぞたてる。

誰人かむすびかけけむ、

かやののき黑木の柱、

ゆがみたるまゝに削らず、

けづらねば蔦はひかゝり、

その蔦ぞ紅葉しにける。

柴の戶を鎖すしら雲、

草のやをかくす葎生、

勿來ぞといふにやあらむ。

人すむと見れば人なく、

人なしと見れば琴あり。

折しもやうしろの山ゆ、

草花の籠をかたへに、

くだり來る花の手弱女、

つひしらず姿ゆかしく、

よびとめてとはむとすれば、

立こむる夕べの霧に、

遠近の峯はかくれて、

うるはしき人の姿も、

見えずなりぬる。

 

 

  のこるうらみ

 

君のなさけを知らずして、

うかれ少女にうかれけむ、

おのが心のうたてさよ。

 

君はおもひにたへかねて、

深きうらみをのこしおき、

皈らぬ人となりにけり。

 

ませの白菊やゝ散りて、

むら雨さむき夕まぐれ、

君のひつぎは岡の邊の、

御寺の森にかくれ行く。

 

 

  須磨の浦かぜ

 

たく藻の烟うちなびく、

蘆の苫屋にあけくれて、

海士の少女とよばれたる、

昔の影のあと追へば、

 

澄む朝潮に影うつる、

花のすがたとうまれいで、

まつ吹風にふさふさと、

振分髮はながかりし。

 

須磨の浦曲の春の夜は、

月もおぼろに影かすむ、

汐汲車ひきつれて、

戀てふうさは知らざりき。

 

あゝ忘れじな貴人の、

たゞかりそめのたはぶれに、

鄙の少女の狹ごろもを、

ひかせ給ひし夢がたり。

 

つゞれを綾にぬぎかへて、

花の都ははるなれや、

霞のをくのたかどのに、

君と二人がゐならびつ。

 

錦をつゞり玉をのべ、

黃金をかざり花を布き、

燿きわたる高臺は、

雲もいざよひ霧も行く。

 

鶯なけば花も咲き、

月影させば虫うたふ、

簾を捲きて雪を賞で、

筧を引きて水を聽く。

 

庭の芙蓉花影に、

大和小琴をかきならし、

池の汀の藤浪に、

春ををしみし舟あそび。

 

髮を梳りつ眉を畫き、

臙脂の紅ころもの香、

黃金の指環あやの帶、

ひかるばかりに裝ひつ。

 

限もしらずときめきて、

影も足らへる望月の、

かけたることもあらざれば、

老いじとのみは願ひしか。

 

紫にほふ紫陽花の、

朝のあめに褪むるごと、

をとこ心のはかなさは、

君のなさけのつれなさよ。

 

梧の葉墜つる秋雨に、

袂はぬれて閨さむく、

孤雁わたる夕雲を、

ながめて遠きわが思。

 

つひに都をぬけいでゝ、

わが故鄕にきて見れば、

柳の絮は地に滿ち、

むなしく拂ふ春の風。

 

ひとり思にたへかねて、

磯べづたひもうきふしや、

花のかざしをなげやれば、

浪のまにまにうかび行く。

 

 

  こゝろの琴

 

春風吹きて、

わがむねに、

ひそめる琴は、

なりそめぬ。

 

こひのしらべは、

かなしくも、

またたのしくも、

きこゆかな。

 

君と逢ふひは、

うぐひすの、

さへづるごとく、

のどかにて。

 

ひとりぬる夜は、

秋雨の、

そゝぐがごとく、

さびしかり。

 

あゝ君の手に、

彈きそめて、

また君のてに、

すつるなよ。

 

 

  う ま 酒

 

葡萄の園にふさふさと、

垂れたる房をぬすみ行き、

酒をつくりしエジプトの、

むかしの人を誰か知る。

 

つくりし酒は美酒の、

こゝろの塵をはらふ哉。

ぬすみ心もかさなれば、

つひに牢獄(ひとや)につながれき。

 

今わがこひを酒として、

君を葡萄にたとふれば、

垂れたる房はうるはしく、

やさしき君の姿なり。

 

君のすがたをぬすみ見て、

たのしき戀にあそぶまに、

たびかさなればいつしかも、

憂苦(うき)の牢獄(ひとや)につながるゝかな。

 

[やぶちゃん注:明治三〇(一八九七)年二月二十五日発行の『文庫』掲載。署名は「すゞしろのや」。]

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