和漢三才図会巻第三十九 鼠類 食蛇鼠(へびくいねづみ)(フイリマングース)
へびくいねすみ
食蛇鼠
[やぶちゃん注:「へびくいねすみ」の「い」はママ。]
△按唐書云罽賔國貢異鼠其喙尖尾赤色能食蛇
凡蛇毎好食蛙及鼠而復有食蛇鼀食蛇鼠
[やぶちゃん注:「鼀」は原典では「黽」の上部が「土」であるが、意味(「カヘル」とルビする)と「東洋文庫」訳の使用漢字から、これで示した。]
*
へびくいねずみ
食蛇鼠
△按ずるに、「唐書〔(たうじよ)〕」に云はく、『罽賔〔(けいひん)〕國[やぶちゃん注:「東洋文庫」割注に『カシミール。西域の国名。印度の北部にあった』とある。]、異鼠を貢ぐ。其の喙〔(くちさき)〕、尖り、尾、赤色、能く蛇を食ふ』〔と〕。
凡そ、蛇、毎〔(つね)〕に、好んで、蛙及び鼠を食ふ。而るに、復た、蛇を食ふ鼀(かへる)、蛇を食ふ鼠、有り。
[やぶちゃん注:蛇を食うとする記載と、尖った口吻部、また、貢献されたのがインド北部(但し、中国南部にも棲息する。後注参照)であることから、食肉目マングース科エジプトマングース属フイリマングース Herpestes auropunctatus に同定してよい。「蛇食鼠」は江戸時代に既にマングースの異名として本草書に載る。ウィキの「フイリマングース」によれば、ミャンマー・中国南部・バングラデシュ・ブータン・ネパール・インド・パキスタン・アフガニスタン・イランを原産地とし、現在では西インド諸島・ハワイ・フィジー・プエルトリコ・日本(沖縄本島・奄美大島)などに外来種として人為移入されて分布する。頭胴長は二十五~三十七センチメートルで、体重は三百グラムから一キログラム。『雌の方が小型』で、『近縁のジャワマングース』(Herpestes javanicus:ベトナム・カンボジア・ラオス・タイ・マレーシア・インドネシア原産)『と比べて、体は全体的に小さい』。『体形は細長く、四肢が短い』。『体色は黒褐色から黄土色』。『雌雄ともに肛門付近に臭腺があって悪臭を放つ』。『見た目が似ているため、テンやイタチ類、ニホンアナグマと間違われることがある』。『農地、自然林、湿地、草地、海岸、砂漠、都市などの開放的な環境を好む』。『原産地は温暖な気候で』摂氏十~四十一度が『生息に適した環境温度と考えられている』。『行動圏は』二~十八『ヘクタールで雄の方が広く、重複する』。『他の同程度の大きさの哺乳類と比べて行動圏は非常に狭いため、必然的に生息密度は高くなる』。『雑食性で哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫、果実まで何でも食べる』。『日本に定着しているフイリマングースの消化管内容物と糞の解析から、昆虫類が主な餌資源であることが判明している』。『木を登ったり、穴を掘ったりする行動はしない』。『水を避ける傾向があり』、『水深』五センチメートル以深の『水には積極的に入らない』。一~九月に『交尾し、妊娠期間は』七『週間程度』で、三~十一月の間に、年二回、出産し、一度に二、三匹の『仔を産む』。『寿命は』二『年以下』。『かつてはインドネシアやマレーシアに分布するジャワマングース』(Herpestes javanicus)『と同種として分類されていたが、DNA解析によって別種であることが判明した』。『フイリマングースのタイプ標本地はネパール』。『このようにマングース類の分類は、科学的な検証がなされないまま、かなり混乱してきた歴史がある。沖縄に導入されたマングースも、ジャワマングースとして同定されていただけでなく、ハイイロマングース(Herpestes edwardsii)やインドトビイロマングース(Herpestes fuscus)とする諸説が混在していた』。『中国のレッドリストでは危急種に指定されている』。『西インド諸島を始めとする世界各地の島々では大規模なサトウキビ農園の害獣となるネズミ類を駆除するため、生物的防除の一環としてフイリマングースが導入された』。『最初に導入されたのはジャマイカであり』、一八七二『年に』九『頭のフイリマングースが持ち込まれた』。『フイリマングースはネズミ駆除以外にも、毒蛇の天敵としても注目された』。『毒蛇対策としてフイリマングースが導入された地域は、西インド諸島のマルティニーク、セントルシア、アドリア海の島々などがある。日本の南西諸島でもネズミ対策』『に加えて、ハブ対策』『を目的として導入された。その時点ではマングースが素早い身のこなしでハブを攻撃するだろうと考えられていた』。『沖縄本島では』一九一〇『年に、動物学者の渡瀬庄三郎の勧めによって、ガンジス川河口付近で捕獲された』十三~十七『頭の個体が那覇市および西原町に放たれた』。『また、続いて』一九七九『年には沖縄本島から奄美大島へ導入が行われた』。二〇〇九『年には鹿児島市でも生息が確認されたが、実際は』三十『年以上前から生息していたと考えられている』。『渡名喜島、伊江島、渡嘉敷島、石垣島にも導入されたが、定着しなかった』。『フイリマングースは水が苦手で泳ぎがうまくないため、定着した島から別の島へ自力で移動することはほとんどない』。『しかし、近年では定着地の周辺の島々で、物資に紛れ込むなどの原因で非意図的な分布拡大が起きている。カウアイ島では』二〇〇四『年に、サモアでは』二〇一〇『年に目撃例がある』。『フイリマングースは少なくとも世界の』七十六もの島嶼に『定着している』。『ただし、世界の島々に定着しているマングース全てがフイリマングースであるとは限らず、フィジー諸島ではフイリマングースとは別種のインドトビイロマングースの定着が遺伝子解析から明らかになっている』。『害獣対策として期待されたフイリマングースだが、実状はあまり毒蛇やネズミを食べなかった』し、『フイリマングースの手が届かないような場所を住処とする、樹上性のクマネズミ』(ネズミ科クマネズミ属クマネズミ Rattus rattus)『が増加してしまった』。『一方で、その地域の自然を代表する希少な生物が捕食されてしまい、生態系が破壊される』深刻な『事態になっている』。『生態系だけでなく、経済社会や人間の健康にも大きな影を落としている。例えば、その獰猛な食性のために沖縄本島では養鶏に甚大な被害を与え、関係者を悩ませて』おり、『さらに、マンゴー、タンカン、バナナ、ポンカンなどへの農業被害も報告されている』。『また、フイリマングースは人間にとって危険な病気をばらまくことにも関与して』おり、『人獣共通感染症のレプトスピラ症』(細菌ドメインのスピロヘータ門スピロヘータ綱レプトスピラ目レプトスピラ科 Leptospiraceaeに属するグラム陰性菌のレプトスピラ(Leptospira)やレプトネマ(Leptonema)及びツルネリア(Truneria)の病原株を原因とする急性熱性疾患症状を呈する感染症で重症型での死亡率は五~五十%とされる)『の原因となる病原性レプトスピラを媒介』し、『西インド諸島では』。『狂犬病ウイルスの媒介が問題視されている』とある。勝手な人の思い込みで移入されたものであって彼らには何の罪はない。何とも可哀想である。
「唐書〔(たうじよ)〕」「新唐書」唐代の正史。五代の後晋の劉昫の手になる「旧唐書(くとうじょ)」と区別するために「新唐書」と呼ぶが、単に「唐書」と呼ぶ場合はこちらを指す。北宋の欧陽脩・曾公亮らの奉勅撰。全二百二十五巻。一〇六〇年成立。「列伝第一百四十六上 西域上」に、貞観年中の記載に、
*
處羅拔至罽賓、王東向稽首再拜、仍遣人導護使者至天竺。十六年[やぶちゃん注:六四二年。]、獻褥特鼠、喙尖尾赤、能食蛇、螫者嗅且尿、瘡卽愈。
*
とあるのを指すか。
「鼀(かへる)」この漢字は特に「蟾蜍(せんじょ/ひきがえる)」、則ち、両生綱無尾目ナミガエル亜目ヒキガエル科ヒキガエル属 Bufo のヒキガエル類を指す。]
« 和漢三才図会巻第三十九 鼠類 蟨鼠(けつそ)・鼵(とつ)(前者はトビネズミ) | トップページ | 和漢三才図会巻第三十九 鼠類 麝香鼠(じやかうねづみ)(ジャコウネズミ) »