和漢三才図会巻第三十九 鼠類 鼩鼱(のらね・はつか) (ハツカネズミ)
のらね
はつか
鼩鼱
【和名抄爲鼱
鼩二字】
【和名乃良祢】
【俗云二十日
ツイン キユイ 鼠】
本綱鼩鼱似鼠小卽今地鼠也
△按鼩鼱大不過二寸雖老不敢長大而甚進疾毎出厨
下碓頭竊食米糠俗云爲鼷與鼩鼱一物者非也【鼷噬不痛
鼩鼱噬痛】或鼩鼱卽家鼠子出巢可二十日故名之者亦
非也家鼠之赤子皆大於鼩鼱
*
のらね
はつか
鼩鼱
【「和名抄」、「鼱鼩」の
二字と爲す。】
【和名「乃良祢」。】
ツイン キユイ 【俗に「二十日鼠」と云ふ。】
「本綱」、鼩鼱、鼠に似て小さく、卽ち、今の「地鼠」なり。
△按ずるに、鼩鼱は大いさ、二寸に過ぎず。老と雖も、敢へて長大ならず。而〔して〕甚だ進-疾(すゝと)く、毎〔(つね)に〕厨〔(くりや)の〕下〔の〕碓〔(うす)〕[やぶちゃん注:臼。]の頭(ほとり)に出でて、米糠を竊み食ふ。俗、以つて、「鼷(あまくち)」と「鼩鼱(はつか)」とを一物と爲すは、非なり【鼷は噬〔(か)〕みて痛まず、鼩鼱は噬みて痛む。】或いは、「鼩鼱」は、卽ち、家鼠の子にて、巢を出でて二十日〔(はつか)〕ばかり〔なれば〕、故に之れを名づくといふも亦、非なり。家鼠の赤子、皆、鼩鼱より大なり。
[やぶちゃん注:ネズミ科ハツカネズミ属ハツカネズミ Mus musculus。本邦のそれは亜種ハツカネズミ Mus musculus musculus (ヨーロッパ東部及びアジア北部に棲息)。ウィキの「ハツカネズミ」を引く。『ハツカネズミの成獣は頭胴長が』五・七~九・一センチメートル、尾長が四・二~八センチメートル。体重は約十~二十五グラム。『体色は変異に富み、白色、灰色、褐色や黒色となる。短毛で腹側は淡い。耳と尾は非常に短い毛に覆われる。後足はアカネズミ属(Apodemus)にくらべ短く』、一・五~一・九センチメートル『ほどである。走るときの歩幅は約』四・五センチメートルで、最大、四十五センチメートルまで『ジャンプすることができる。糞は黒色で長径』四~六ミリメートル、短径一~三ミリメートルで、黴臭い臭いがする。『鳴き声は甲高い』。『若いオスとメスは簡単に識別できないが、メスはオスに比べ』、『肛門と生殖器の間の長さが比較的短い。メスは』五『対の乳腺と乳首を持つが、オスでは発達しない』。『性成熟時の明瞭な違いは、オスは睾丸が発達することである。この睾丸は体に比べて大きく、また体内に引っ込めることができる。胸部にあるエンドウ豆大の胸腺に加えて、待ち針の頭大の第二の胸腺が首の気管付近にある』。『草地、田畑、河原、土手、荒れ地、砂丘などをはじめ、家屋や商業施設の周辺などの様々な環境に生息して』おり、『雑食性で』、『種子や穀物類、雑草や花を採食するほか、小型の昆虫類も捕食する』。『また、汚染された飼料はもとより、ペットフードや家畜飼料などを消費する。さらに、しばしば農業や家屋に被害をもたらすと考えられている。ハツカネズミも他のネズミのように疾病を媒介するが、クマネズミ類ほど危険ではない』。『クマネズミ属のドブネズミ・クマネズミの』二『種と同様、「家ネズミ」として人家や周辺の環境に入り込むが、その害はクマネズミ属の家ネズミよりもずっと小さい。渇きに強く、コンテナなどの荷物に潜んで移動し、世界の広い地域に分布する。日本でも、史前移入種として、島嶼(とうしょ)部を含むほぼ全地域に生息する』。成熟に要する時間は二、三ヶ月で、『繁殖期は野生下では春と秋であるが、生息環境によっては一年中繁殖することができる』。『夜行性で、単独または家族で生活する。人家では家具の隙間などに巣を作る。河原や畑では、他の動物の掘った巣穴などを利用して生活する。一方で、実験用にも多用される面も持つ』とある。
「のらね」「野良鼠」の略。多くの辞書が地鼠のこととするのであるが、本邦で狭義に「地鼠」(歴史的仮名遣「ぢねずみ」)となると、モグラの仲間で日本固有種の哺乳綱トガリネズミ型目トガリネズミ科ジネズミ亜科ジネズミ属ジネズミ Crocidura dsinezumi を指すものの、ここは「本草綱目」の記載である以上、それに比定するわけにはいかない。近縁種が中国にもいるが、では近縁種ですましてよいかというと、どうも私は怪しい気がするのである。何故か? それは中文サイトで「中国地鼠」を調べると、学名と写真が出るが、それは凡そ本邦のジネズミとは似ても似つかぬ、ネズミ上科キヌゲネズミ科キヌゲネズミ亜科モンゴルキヌゲネズミ属モンゴルキヌゲネズミ Cricetulus griseus、別名チャイニーズ・ハムスター(Chinese hamster)だからである。また、「地鼠」は中国語ではもろにモグラ類全般を指す語でもあるのである。しかも「のらねずみ」というのは、これ、家鼠らしくない呼称ではないか。「地鼠」に至っては「野鼠」だろう。明代の時珍が何を指して「今の地鼠」と言ったのか、「本草綱目」の中国の研究家に訊ねてみたくなるのである。
『「和名抄」、「鼱鼩」の二字と爲す』「和名類聚鈔」巻第十八の「毛群部第二十九 毛群名第二百三十四」に、
*
鼱鼩 「文選」注云、「鼱鼩、【「精」「劬」二音。「漢語抄」云、「乃良禰」。』。】小鼠也。
*
と確かに字が逆転している。]
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