和漢三才図会巻第三十九 鼠類 猬(むささび/のぶすま) (ハリネズミ)
けはりねすみ 彙 毛刺
蝟鼠
猬【音彙】
ヲイ
本綱猬頭觜似鼠刺毛似豪猪蜷縮則形如芡房及栗房
攅毛外刺尿之卽開其刺端分兩頭者爲猬如棘針者爲
䖶人犯之便藏頭足毛刺人不可得能制虎跳入虎耳中
而見鵲便自仰腹受啄物相制如此其脂烊鐵中入水銀
則柔如鉛錫
*
けはりねずみ 彙〔(い)〕 毛刺〔(まうし)〕
蝟鼠〔(いそ)〕
猬【音「彙」。】
ヲイ
「本綱」、猬は頭・觜〔(くちさき)〕、鼠に似て、刺(はり)の毛、豪猪(やまあらし)に似る。蜷(ま)き縮(ちゞま)るときは、則ち、形、芡房(みづふき)及び栗(くり)の房〔(いが)〕のごとし。毛は攅(あつま)り[やぶちゃん注:密集して群がって。]、外に〔向きて〕刺〔(とげ)〕あり。之れに尿〔(ゆばり)すれば〕、卽ち、開く。其の刺の端、兩頭を分かつ者、「猬」と爲し、棘針のごとき者を「䖶〔(かい)〕」と爲す。人、之れを犯せば、便〔(すなは)〕ち、頭足、毛刺に藏(かく)して、人、得べからず。能く虎を制す。虎の耳の中に跳〔(をど)〕り入る。而〔(しか)〕も、鵲〔(かささぎ)〕を見れば、便ち、自ら、腹を仰けて、啄〔(くちばし)〕を〔甘んじて〕受く。物、相ひ制すること、此くのごとし。其の脂、鐵〔の〕中に烊〔(とか)〕し、水銀を入るれば、則ち、柔かにして、鉛(なまり)・錫(すゞ)のごとし。
[やぶちゃん注:ここはまずは、東アジアから北東アジアに分布し、現代では日本の一部地域にペット由来の外来種として定着している、哺乳綱ハリネズミ目ハリネズミ科ハリネズミ亜科ハリネズミ属アムールハリネズミ Erinaceus amurensis と同定比定してよかろう。但し、日本では更新世(約二百五十八万年前から約一万年前)の堆積物からハリネズミ類の化石が見つかっていることから、太古には日本列島にもハリネズミが棲息していたものと推測される(ここはウィキの「アムールハリネズミ」に拠る)。広義のハリネズミ類(ハリネズミ亜科Erinaceinaeの仲間)は、ユーラシアとアフリカに分布し、現在、五属十六種がいる。体はずんぐりとし、背面には堅い針状毛を持ち、尾は痕跡的。手足は頑丈で、強大な爪を持つ。平地の農耕地・低木林・草原などに棲み、地上性・雑食性で、温帯に分布するものは、冬に冬眠をする。時珍は針の先の違いで二種を挙げているが、「棘針のごとき者」で「䖶〔(かい)〕」という名のそれをアムールハリネズミとすれば(同種は棘先が分かれてはいないだろうと思う)、「其の刺の端、兩頭を分かつ」「猬」とは何なのかはよく判らない。識者の御教授を乞うものである。
「豪猪(やまあらし)」「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 豪豬(やまあらし)(ヤマアラシ)」を参照されたい。また、私の図入りの電子化注『栗本丹洲自筆(軸装)「鳥獣魚写生図」から「豪猪」(ジャワヤマアラシ)』も、是非、どうぞ! 但し、両者の棘(とげ)は使用属性が全く異なる。本ハリネズミのそれは自己防衛のための装置であるが、ヤマラシのそれは積極的な危険な攻撃用具として現に存在しているのである。
「芡房(みづふき)」「水蕗」で、スイレン目スイレン科オニバス(鬼蓮)属オニバス Euryale ferox の異名。一属一種。ウィキの「オニバス」によれば、『アジア原産で、現在ではアジア東部とインドに見られる。日本では本州、四国、九州の湖沼や河川に生息していたが、環境改変にともなう減少が著し』く、『かつて宮城県が日本での北限だったが』、『絶滅してしまい、現在では新潟県新潟市が北限となっている』。『植物』体全体に『大きなトゲが生えており、「鬼」の名が付けられている。特に葉の表裏に生えるトゲは硬く鋭い』ことから、ここに比喩として挙げたのである。なお、私たちが小さなころから写真で見慣れた、子供が乗っている巨大な蓮は、スイレン目スイレン科オオオニバス(大鬼蓮)属オオオニバス Victoria amazonica で、和名は酷似するが、別種である。
「之れに尿〔(ゆばり)すれば〕、卽ち、開く」って、人がってことなわけだけど、「ミミズに小便」式に考えると、恐(コワ)!!!
「虎の耳の中に跳〔(をど)〕り入る」虎、痛(イタ)!!!
「鵲〔(かささぎ)〕」スズメ目カラス科カササギ属カササギ亜種カササギ Pica pica sericea。「和漢三才圖會第四十三 林禽類 鵲(かささぎ)(カササギ)」をどうぞ。
「物、相ひ制すること、此くのごとし」自然界の架空の相克関係を五行思想でこじつけているだけである。
「其の脂、鐵〔の〕中に烊〔(とか)〕し、水銀を入るれば、則ち、柔かにして、鉛(なまり)・錫(すゞ)のごとし」殆んど錬金術!!!]
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