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2019/05/16

磯馴松 蘿月(伊良子清白)

 

磯 馴 松

 

もしほの煙末きれて、

  いさり火遠き磯さきの、

    松の村立ほのかにも、

      三保の浦曲のうらづたひ。

 

綾につゝめる玉のごと、

  おぼろに匂ふ春のよの、

    月のひかりをしるべにて、

      淸き渚をそひ行けば。

 

雲井にたかき不二の根の、

  雪よりしろき白浪に、

    ころもの袖をぬらしつゝ、

      しづかに立てる少女あり。

 

人まつさまのしかすがに、

  うれひの雲はかゝれども、

    月のおもわの淸けさは、

      うき世の塵のあともなし。

 

晴るゝ御空によそひして、

  みどりも深き和妙の、

    衣のそでもにごらかに、

      こぼるゝ色もにほひつゝ。

 

つげの玉櫛さしかへて、

  か黑き髮をけづりつゝ、

    かたへに匂ふ一枝を、

      簪花に手折る﨟たさよ。

 

こゝろみだれてちる浪は、

  袖に裳裾にくだけつゝ、

    玉ゆりこぼす白玉を、

      はらふもしばしそぼぬれて。

 

折しも浦のあなたより、

  妙なる聲にわか人の、

    わき妹と速くよびかけて、

      少女の方にさし寄りぬ。

 

霞のころもすき見えて、

  色香たえなるした染の、

    花にもたぐふおもばせに、

      あたりの風も薰りつゝ。

 

世にふさはしき妹とせの、

  袂つらねて行く影を、

    うらむか沖津白浪も、

      中のへだてに打よせて。

 

葦間にねぶる葦田鶴の、

  夢よりさむる聲もして、

    羽がきひくゝなるまゝに、

      二人も遠くなりにけり。

 

鹽げに匂ふ花貝の、

  咲ける眞砂にあとつけて、

    袂もかをる浦風に、

      松を洩れ來る聲聞けば。

 

「三とせの春はゆめなれや、

  しのぶもゆゝしすめらぎの、

    月のみやこのたか殿に、

      君がかへしゝ舞の袖。

 

うれ吹く風に散る花の、

  雪をめぐらす一さしに、

    うつし心もかきくれて、

      天津御空に迷ひつゝ。

 

軒にかゝげし玉だれの、

  小簾のほのかに見てしより、

    うごき初めたるわが心、

      君のすがたにあこがれて。

 

こゝらかきやる藻鹽草、

  拾ふみるめもまれなれば、

    葦吹く風のそよとだに、

      君のかへしはなかりけり。

 

まれらに逢はむことをなみ、

  尋ねぞわたる思ひ森の、

    夢のうき橋うつゝにも、

      ゆかしき人を忍びつゝ。

 

まごゝろごめて天地に、

  いのるも久し七かへり、

    ならの社に引く注繩の、

      朽ちても君はつれなくて。

 

つれなき君を戀ひわびて、

  やまふの床につきしより、

    いそぐ冥途はうらまねど、

      魂や迷はむ人ゆゑに。

 

千束につもる錦木の、

  形見とながす水莖に、

    君がたまひし玉章よ、

      いく藥えしこゝちして。

 

かたみとかはす言の葉に、

  とけし心は見えながら、

    結ぶ契を知らずして、

      夢に逢ひしもいくそたび。

 

逢はぬを逢ふにかへてまし、

  うらむる程はうれしきに、

    君がわびつるこひ草の、

      さはりも繁き人がきを。

 

わきてながるゝ中川の、

  中の逢瀨は絕えはてゝ、

    わたるにぬるゝ露けさは、

      袂に浪もかゝりつゝ。

 

心ひかるゝ靑柳の、

  思ひみだれて君とわれ、

    末の契にあこがれて、

      月の都をぬけいでぬ。

 

星の林にふな出して、

  行くもはるけき空の海、

    くもの浪だつ明暮も、

      人やりならぬ旅のそら。

 

千々の寶も百敷も、

  玉のみやこもふりすてゝ、

    塵のうき世にいそぎつゝ、

      田子の浦邊に舟はてつ。

 

あふげばたかき不二の根の、

  ふもとの野べの草がくれ、

    君と相見るうれしさに、

      習はぬ賤にみをかへて。

 

いばらからだち軒もせに、

  こゝらこめたるいぶせさは、

    洩るゝに如き月影の、

      さやけきよはもくらくして。

 

末の松山浪こえて、

  さゝれは巖と成りぬとも、

    契るまことはかはらじと、

      かたみに深くちかひつゝ。

 

埴生の小屋の明くれも、

  君のこゝろのやさしさに、

    つゞれも綾のこゝちして、

      年の三とせも暮れはてぬ。

 

いつまで老いむ塵の世に、

  はしきわぎ妹もあるものを、

    かへるにつらき久方の、

      こひしきものは故鄕の。

 

行衞も見えず立こむる、

  天津御空の八重がすみ、

    靉靆く方に聲もして、

      鴈金遠くわたるなり。

 

雲井にまよふ白雲も、

  なが故鄕にかへるらむ、

    いぬるか行くか春風の、

      御空に吹くもこひしくて。

 

妹よ」とさそふ羽衣に、

  なみだのみをのたえまなく、

    さぐりもよゝとなげきつゝ、

      沈むが聲もかすかにて。

 

折しもかゝる一ひらに、

  月の光はかきくれて、

    うき雲まよふ遠近の、

      あやめもわかず成りぬれば。

 

さながらまがふ稻妻に、

  雲井のあたり見るほども、

    まばゆく匂ふ紫の、

      千々の光のわきいでゝ。

 

雪にたぐびてふりまがふ、

  御空の花もかぐはしく、

    妙なる琴もきこえきて、

      二人は見えずなりにけり。

 

しのゝめしらす橫雲の、

  磯山遠く立ちわかれ、

    沖の片帆の影見えて、

      浪路はるかに明け初めぬ。

 

のぼる朝日もさしそへて、

  てるばかりなる羽衣の、

    うれ吹く風になびきつゝ、

      二ひらかゝる磯馴松。

 

[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年十二月十日の『靑年文』掲載。署名は蘿月(現在知られる本署名の初出。「竹取物語」を中心に「天の羽衣」伝承などを隠し素材としつつ、心機一転、物語詩の創作を志し、自由に飛翔させようとした文語定型詩と思われる。悪くはないが、描写に酔い過ぎていて、構成と展開の具体な映像が今一つ鮮明でない恨みがある。

「和妙」「にきたへ(にきたえ)」(後世に「にぎたへ」と濁音化)。「織り目の細かい布」「打って柔らかくして晒した布」を指す万葉語。

「簪花」「かざし」と訓じていよう。

「葦田鶴」「あしたづ」。葦間の鶴。

「花貝」種としては先行する「草枕」の私の注を参照されたいが、ここは単に美しい砂浜に寄せる貝(貝殻)でよい。

「小簾」「をす」小さな簾(すだれ)。或いは「お」を美称ととって、簾。「おす」は誤読の慣用読みなのでとらない。

「みるめ」緑藻植物門アオサ藻綱ミル目ミル科ミル属ミル Codium fragile。「見る目も稀なれば」に掛ける。

「いく藥えしこゝちして」「いく」は「幾」であろうが、「生く」を掛けていよう。

「靉靆く」「たなびく」。]

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