花籠 伊良子暉造(伊良子清白)
花 籠
春 か ぜ
君がためにと駒たてゝ、
一枝折りつる靑やぎの、
いとの心は知らねども、
名殘やをしきはる風も、
行衞したひてゆるやかに、
君が小枝のうへぞ吹く。
きよき心
すむも濁るもすがたのみ、
神のをしへし一すぢの、
すぐなる道をたどりなば、
濁り行く世もにごりなき、
淸きこゝろのかはらめや。
旅ごろも
深きゆかりのありつらむ、
きみと契りしうれしさに、
たのむ緣もいつかまた、
門出をおくる御軍の、
兄子がきまする旅ごろも、
もつれがちなる片糸の、
針のはこびもおそくして。
しほり戶
鴈のおとづれ末かけて、
契るまことはかはらじと、
きみが贈りし玉章を、
枕にむすぶうたゝねの、
夢もゆかしき閨のうち。
こゝろもあやに栞戶を、
おしあけ方にながむれば、
いとゞ思の結ぼれし、
軒のやなぎのうち解けて、
君のかざしに手折りけむ。
もとの心をわすれずに、
かをるもうれし梅のはな。
[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年九月の『靑年文』掲載。署名は本名の伊良子暉造。]