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2019/05/08

太平百物語卷三 廿五 惡次郞天狗の栖に至る事

Akujitengusumika

   ○廿五 惡次郞天狗の栖(すみか)に至る事

 土佐の國に惡次郞とて、家、冨(とみ)さかへ、心武(こゝろたけ)き者ありしが、常に朋友に語りけるは、

「世に化物ありといへども、われ、此年月(としつき)、三昧(さんまい)をはじめ、あらゆる深山幽谷(しんざんゆうこく)、すべて、あやしとおもふ所は、何國(いづく)ともなく、子(ね/九ツ)・丑(うし/八ツ)・寅(とら/七ツ)の比(ころ)ほひまで、每度、うかゞひ步(ある)くといへども、ばけ物、又は、ゆうれひ[やぶちゃん注:ママ。]にあひたる事、なし。是、皆、おく病者の『おそろし』とおもふ心より、おこる事なり。」

と、あざ笑ひ、いひけるが、一日(いちじつ)、熟友(じゆくゆう)[やぶちゃん注:馴れ親しんだ友人。]岩(いは)八といふ者、これも不敵の男なりけるが、惡次郞宅(たく)に來たりていひけるは、

「御身、常に變化(へんげ)といふ者なし、といふ。聞き給はずや、讃岐の國白峰(しらみね)の奧には、慥(たしか)におそろしき化物ありて、見たる者、數多(あまた)ありと沙汰す。さも、有べき所なり。」

と語りければ、惡次郞、わらひて、

「それも又、臆病者のいふ事なり。必ず、信じ玉ふな。」

といへば、岩八、重(かさね)て、

「いや。われも、かやうの事、信ずる者に、あらず。されども、此事は僞りならずおもへば、御身を伴ひ行(ゆき)て、其眞僞(しんぎ/まこといつはり)を糺(たゞ)し申さんとおもふは、いかに。」

と申ければ、惡次郞がいふ。

「とても何國(いづく)へ行(ゆき)しとて、化物はなきに極(きはま)りぬれども、御身、さほどにおもひ玉はゞ、なぐさみながら、參らん。」

とて、頓(やが)て岩八を誘(いざな)ひ、未(まだ)白(ほのくら)きに旅立(たびだち)て、道を急(いそぎ)けるが、其日の暮がたに、彼(かの)白峰の麓につきぬ。

 まづ、山の氣色(けしき)を見上(みあぐ)るに、木々の梢も冬枯(ふゆがれ)て、木(こ)の葉まじりに降(ふる)時雨(しぐれ)、いとゞものわびしかりければ、惡次郞も、

「折から。」

と、いひ、

『山の姿、するどふして[やぶちゃん注:ママ。「鋭くして」。人を寄せ付けぬように屹立しているという感じで。]、いか樣、世にばけ物といふものあらば、此山にこそ。』

と、おもひて、岩八諸共(もろとも)、分上(わけのぼ)れば、山の半(なかば)に至りて、あやしげなる叟(おきな)一人、杖にすがり出(いで)ていふ樣(やう)、

「私殿(わどの)は、いづくの人やらん。此山は、むかしより、おそろしき變化(へんげ)住(すん)で、日本(につほん)無双の魔所なり。然(しか)るに、夜(よ)に入りて、是より先へ行(ゆき)玉はゞ、必(かならず)、御身達、生きて歸る事、あたはじ。兩人共に、はやく歸り玉へ。」

といふ。

 惡次郞、答へて、

「誠に御志し、有がたく候。われらは、其化物に逢(あは)ん爲、遙(はる)々、此山に來りたり。其化者の住家(すみか)は未(いまだ)遠く侍るやらん。願くは敎へ玉へ。」

といふ。

 叟のいはく、

「行(ゆき)給はゞ、命の限りなるべし。此山にまよひ入りし人、むかしより、一人も、生きて歸りし例(ためし)を、見ず。われは、誠は、人間に、あらず。此山に、年を經る、榎木(ゑのき)の精魂(せいこん)なり。穴(あな)かしこ、我(わが)言葉を信じて、留(とゞま)り玉へ。」

と、いふか、とおもへば、消(きへ)うせぬ[やぶちゃん注:ママ。]。

 岩八、始終を聞(きゝ)、惡次郞が袖をひかへて、いふやう、

「只今、叟のいふ所、一理なきにしもあらず。よしなき事に、あたら、命を捨てん事、更に益なし。いざ、歸り玉はずや。」

といふ。

 惡次郞、うちわらひ、

「扨々、臆したる岩八殿の言葉やな。御身、すでに心の乱れたり。其弱き所より、一心、轉倒(てんどう)して、物の形も變化(へんげ)すれ。我におゐては[やぶちゃん注:ママ。]、いかに恐ろしくとも見屆(みとゞけ)ずしては、えこそ歸るまじ。おことは、是より、下山あるべし。左樣に臆せし人を伴ひては、我(わが)爲(ため)もよろしからず。」

と、苦々しく恥(はぢ)しめければ、岩八、わらつて、

「これ、戲言(たはごと)なり。実(まこと)の心にあらず。扨々、御身は賴母(たのも)しく手づよき御心かな。われ、甚(はなはだ)滿足せり。此上は何國(いづく)までも御供(おんとも)せん。」

といふにぞ、惡次郞も、

「さこそ侍らん。」

とて、猶、山ふかく入に[やぶちゃん注:「いるに」。]、むかふの方より、十四、五なる童子壱人、來り、惡次郞を見て、

「莞爾(につこ)。」

と笑ひ、

「わが主人(しゆじん)、御身を今朝(けさ)より待(まち)玉ふ。いざゝせ玉へ。」

といふ。

 惡次郞、

『扨は是れ、化物のけんぞくならん。』

と思ひ、

「こは、過分に候。案内し玉へ。」

とて、岩八諸共、打連(うちつれ)ゆけば、むかふに大きなる樓門あり。

 童子にいざなはれて内に入ば、化者の大將とおぼべて[やぶちゃん注:ママ。「覺えて」。]、座上(ざしやう)に居(ゐ)る。

 其形(かた)ち、頭(かしら)に天冠(てんぐはん)のやうなる物を戴き、身には錦をまとひ、手に大き成[やぶちゃん注:「なる」。]羽團(うせん)を持(もち)、ゆうゆうとして、又、冷(すさま)じ。

 それより、數多(あまた)のけんぞく、左右に列(つらな)る。

 いづれも、異形(いぎやう)の姿にて、次第次第に行義(ぎやうぎ)をなす。

 惡次郞、岩八にむかひ、

「こは、珍敷(めづらしき)見物(けんぶつ)かな。」

とて、まづ、座に着(つけ)ば、彼(かの)大將、靑眼(せいがん)を光らして、いはく、

「聞及(きゝおよ)びし惡次郞とは、和殿よな。今朝(けさ)より、汝を待(まつ)事、久しかりき。汝、此山の麓に來たりし時は、既に日暮(ひぐれ)たり。それより、此所まで、道の程(ほど)、凡(およそ)六里に餘れり。これを越(こへ[やぶちゃん注:ママ。])て、今、爰(こゝ)に來(きた)る。其刻限を思ふ時は、今、汝が心に、夜(よる)なるや、晝なるや。又は、何(なに)の刻(こく)にて侍るや。試みに、是を、聞(きか)ん。」

といふに、惡次郞、始て心付(こゝろづき)、四方(しほう)をみれば、日中(につちう)なりしほどに、あきれて、返答もなく、拜謝す。

 時に、傍(かた)への化物、頭(かしら)に三つの角を生(おひ)たるが、いふ。

「いかに惡次郞が『世にばけ物なし』と嘲(あざ)けるに、幕下(ばつか)の者共、變化(へんげ)して、惡次郞を、もてなせ。」

と、いへば、

「承(うけたまは)り候。」

とて、末座(ばつざ)にひかへしけんぞくども、五人、十人、立出(たちいで)て、化ける事こそ目ざましけれ。

 或は、其尺(たけ)一丈斗(ばかり)の婆(うば)となれば、忽ち、五、六才の童子となり、六尺有餘(ゆたか)の古(ふる)入道とぞ見へし、いとやさしき女と、なる。

 あるは、若衆(わかしゆ)と見れば、大髭(ひげ)の奴(やつこ)となり、盲人(もうじん/めくら)かとおもへば、衣冠正しき相人(さうにん)也。

 其(その)自由轉變(じゆうてんべん[やぶちゃん注:ママ。])、心、言葉にも、及ばれず。

 惡次郞は、是を少しもおそれずして、いと面白き事におもひ、余念なく見入(みいり)ければ、大將のいふ。

「いかに、惡次郞、これにても、化物は、なきや。」

と、いへば、惡次郞も、今は閉口して、いふやう、

「御身は、そも、いかなる御人なれば、かく、おほくのけんぞくを集め、自在の變化(へんくは[やぶちゃん注:ママ。])をなさしめ給ふ。願(ねがはく)は語り玉へ。」

といへば、大將の、いふ。

「我(われ)、此所に久しく住(すむ)で、世中(よのなか)に、我慢(がまん)・放逸、或は、僞りを以て、人を苦しめ、正しき人に惡事をすゝめ、非義・惡行(あくぎやう)、類(たぐひ)なき者をいましめ殺す。天狗の首領(しゅりやう/かしら)なり。汝、さのみ、惡心はなしといへども、常に武邊を好み、髙慢甚(はなはだ)しきゆへ、わがけんぞくを假(かり)に汝が友の岩八と變化(へんげ)させ、此所に招きよせたり。それなる岩八と思ふも、わが眷屬なり。見よや、見よ。」

といふほどに、ふり歸りみてあれば、実(げに)も、岩八にはあらで、さも冷(すさ)まじき天狗となりければ、さしも動ぜぬ惡次郞、身の毛だちて、おそれ入(いる)。

 時に、岩八天狗、いひけるは、

「今、大將の仰(おほせ)のごとく、惡行、又は、汝が如き我慢の者、皆、われらに命じて、かくのごとし。是れ、見よや。」

とて、左の方(かた)の戶口をひらけば、其數(かず)何百人ともしらぬ人の、皆、引(ひき)さかれて死(しゝ)けるが、山のごとくに積上(つみあげ)たり。

 其中(そのなか)に、出家・侍(さぶらひ)・山伏あり、俗もあれば、女あり、老若(らうにやう)貴賤、かぎりなく、臭穢(しうゑ)は滿(みち)て、ほうちやくしければ、惡次郞、大きに驚き、

『今は、わが身も、かくや、ならん。』

と、屠所(としよ)の羊(ひつじ)の心地して、おもはず、諸神(しよじん)に祈誓をかけ、猶も、不動の眞言を數(す)十遍(へん)、丹誠(たんせい)をこらし、唱へければ、さしも、今まで勇(いさみ)けるけんぞくども、五躰(ごたい)を縮め、苦しみけるが、大將の天狗、大音(おん)上(あげ)、

「しばらく、經文の讀誦(どくじゆ)を、やめよ。汝、只今の有樣におそれ、始て、佛神(ぶつしん)にこゝろざし、功德(くどく)廣大なる不動尊の眞言を誦するによつて、ふしぎに危命(きめい)を免(まぬ)かれたり。今よりして、我慢の心を飜(ひるがへ)すべし。」

と、惡次郞がゑり髮(がみ)つかんで、上(あが)る、と見へし、彼(かれ)が居宅(ゐたく)の廣緣(ひろゑん)にぞ、落(おち)たりける。

 家内(かない)の人々、此音に驚き、出(いで)てみれば、惡次郞なり。

「こは、いかに。」

と内に舁入(かきいれ)、さまざま、いたはり、介抱せしかば、程なく本心となりて、妻子を始め、家内の者に、有(あり)し次第を語りきかせ、先非(せんひ)を悔(くひ)て、夫(それ)より、我慢の鉾(ほこ)もおれ[やぶちゃん注:ママ。]、偏(ひとへ)に佛神(ぶつじん)の冥慮(みやうりよ)をぞ尊(たふと)みけるとなり。

[やぶちゃん注:冒頭に掲げた挿絵は国書刊行会の「江戸文庫」の左右に分離した挿絵をトリミングして近くに並べたものである。本話は朋友岩八が実は……という部分、現代人でも気づかない読者が多いのではないかと思う。怪談のオリジナリティから言うと、この時期としてはかなり上質な捻りと言える。

「惡次郞」読みは「あくじらう」であるが、標題から本文まで一貫して「次郎」には読みを振っていない。

「三昧(さんまい)」墓地・墓守堂・火葬場のことを指す。恐らく忌言葉としての言い換えであろうが、本邦では仏教で心を一つの対象に集中して動揺しない状態を指す「三昧」を、早く平安(始まりは奈良後期か)以来より、火葬場・墓地及び死者の冥福を祈るために墓地の近くに設けた堂(三昧堂)をかく呼んだ。

「熟友(じゆくゆう)」「江戸文庫」版は『塾友』とするが、採らない。「徳川文芸類聚」版は「熟友」。本文注した「馴れ親しんだ友人」の意は一般的とは言えないが、私には違和感のある熟語とは感じられない。

「讃岐の國白峰(しらみね)」天皇家の怨霊のチャンピオン崇徳院の陵として有名で、彼は怨念を以って大魔縁・大天狗となったと伝承されているのを作者は完全に意識している。現在の香川県坂出市青海町(おうみちょう)にある。ここ(グーグル・マップ・データ)。ウィキの「崇徳院」から引くと、「保元物語」によれば、『崇徳院は讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒し』、『極楽往生を願い、五部大乗経』(「法華経」・「華厳経」・「涅槃経」・「大集経」・「大品般若経」)『の写本作りに専念して(血で書いたか墨で書いたかは諸本で違いがある)、戦死者の供養と反省の証』(あかし)『にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は「呪詛が込められているのではないか」と疑って』、『これを拒否』、『写本を送り返してきた。これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って』、『写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け』、『夜叉のような姿になり、後に生きながら』、『天狗になったとされている。崩御するまで』、『爪や髪は伸ばしたままであった。また』、『崩御後、崇徳の棺から蓋を閉めているのにも関わらず』、『血が溢れてきたと言う』。後代、朝廷では、国家的規模の危機を迎えた時には必ず白峰陵に使者を送り、崇徳院の霊の鎮魂を行ってきている。あまり知られていないが、太平洋戦争勃発の折りも、崇徳院がアメリカ方に着かぬようにと侍従を使者として陵墓に送り、祀っているはずである(そんなの嘘だと!? だったら、だから負けたんじゃねえか、と返すだけだね)。なお、本書は享保一七(一七三三)年板行で、かの上田秋成の名作「雨月物語」の巻頭を飾る、大天魔の天狗と化した崇徳院と眷属の烏天狗が西行の眼前を跳梁する名篇「白峯」があるが、同作品集の刊行は安永五(一七七六)年で、本話よりも後のことである。

「なぐさみながら」気晴らしの楽しみがてら。

「未(まだ)白(ほのくら)きに旅立(たびだち)て、道を急(いそぎ)けるが、其日の暮がたに、彼(かの)白峰の麓につきぬ」悪次郎の家が土佐のどこにあったか知らぬが、当日の曙に立って、十二時間ほどで白峯に着くというのは、少し解せない感じがする。海編辺を東に迂回してはこの時間では無理であろうし、四国山地を山越えするのも、この時間内では無理な気がする。例えば、現在の高知駅を起点として、現在の大歩危・小歩危を抜ける最短コースをとったとしても、試算実測で百キロメートルを有に超える。江戸時代には一日かけて四十キロメートルを歩くのは常識とされるが、これは幾らなんでもあり得ない。まあ、さっさと着いて貰わないと読者は困るわけだけれど、作者は四国に地誌に不案内だったのではあるまいか?

「折から。」「いやぁ、ちょっとね、天気も雰囲気も、確かに慄っとしはするわな。」というニュアンス。

「われは、誠は、人間に、あらず。此山に、年を經る、榎木(ゑのき)の精魂(せいこん)なり」と言っているが、という訳では、あるまい。榎の精霊なら、岩八が天狗の化けた偽物であることを見抜くはずだからで、この翁(おきな)も烏天狗の一人の化けたものであり、偽岩八の後の反応も含めて、その総てが実は周到に波状的にセットされた、逆に悪次郎の自己肥大を完成させ、白峯の奥の魔所へ誘い込むための心理的策略、罠、ブービー・トラップ(booby trap)なわけである。別に複式夢幻能的な擬似展開の面白さをも作者は狙っているのかも知れない。

「袖をひかへて」袖を引いて(留まるように仕向けて)。

「天冠(てんぐはん)」仏や天人がつける宝冠。但し、挿絵では、如何にもな閻魔大王然とした対象として描かれ、被っているそれも冥官のそれっぽいのは、絵師が後のシークエンスの、戸の向う側に展開する罰せられた群衆の地獄絵のようなそれに引かれたからであろう。

「大き成[やぶちゃん注:「なる」。]羽團(うせん)」ウィキの「大天狗」によれば、『天狗の羽団扇』(はねうちわ)は、『天狗の中でも、大天狗または力の強い天狗が持つとされる団扇』で、『羽団扇自体が強力な通力を有すとされる。自身か、もしくは眷属の羽を献上させ』、『羽団扇にすると言われる。羽団扇』一『本で、飛行、縮地、分身、変身、風雨、火炎、人心、折伏、等何でも自由自在だという。また、ただ持って座っているだけで妖魔退散の効果があり、時には武器と同じように悪獣悪鳥等に打ち付けて使うこともあるとされる』。『この様に、様々な奇跡を起こすとされる団扇であるが、特に恐れられたのが天狗によっておこる火事であり、天狗の団扇は火を煽り』、『火勢を強め、自在に操るために使われるものと信じられてきた。そのため、天狗を祀る神社では天狗が火事を起こさないように火伏の神として祀られていることがある』。『天狗の羽団扇の羽の数は奇数で束ねられ』、十一『枚とされるが、社寺によっては』九『枚』或いは十三『枚などとされている所もある』。『尚、天狗を祀る社寺の幕紋には団扇の形をしているものが多いが、そのほとんどは棕櫚の葉の紋であり、天狗の羽団扇とは関係がない。天狗の羽団扇と混同されがちなので注意が必要である』とある。

「冷(すさま)じ」「凄まじ」。

「行義(ぎやうぎ)」「行儀」。この場合は、首魁から命ぜられた立ち居振る舞い。

「幕下(ばつか)」ここは首魁の直属の家来・配下の意。

「相人(さうにん)」狭義には人相見の意であるが、ここは広義の文人の意であろう。

「我慢」これは仏教の煩悩の一つである、強い自我意識に基づく「慢心」を指す。

「非義」正しき人としてやってはならない道に背いた悪い行い。義理に背いた行い。

「臭穢(しうゑ)」鼻を塞がんばかりの腐敗した穢(けが)れた臭気。

「ほうちやく」「逢着」であろう。ある対象に強烈に向き遇わされることを指す。

「屠所(としよ)」獣を殺傷して人為のために解体する屠殺するための場所。

「不動尊の眞言」不動明王を示す真言。通常知られるのは、「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」(総ての諸金剛に礼拝する! ああっ!)で、長い真言では「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」や「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」(総ての諸金剛に礼拝する! 怒れる憤怒の尊よ! 破砕せよ! ああっ!……!)などである(ウィキの「不動明王」に拠る)。

「冥慮(みやうりよ)」人智を超えた、はかり知ることの出来ない神仏の無限の思慮。]

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