勿來の關 伊良子暉造(伊良子清白)
勿來の關
利根の松原一夜ねて、
駒もいなゝくいなの原、
葉山しげ山ほのかにも、
知らぬ筑波も見なの川。
霞の浦のうらうらと、
浪もしつけき鹿島潟。
ぬれ行くほどに日も暮れて、
勿來の關のゆふまぐれ。
花の木かげに駒とめて、
はらふもしばし袖の雪。
うたひいでたる武夫が、
三十一文字のやまと歌。
春もくれ行く東路の、
誰が關守のゆるしけむ。
風を勿來とおもひしに、
みちも袂に散るやまさくら。
ほこを枕にうたひけむ、
もろこし人も思はれて、
君がこゝろのゆかしさは、
千代のあとまで匂ひけり。
たが薄墨のなごりかも、
寫しとめたるこのかたよ。
かきて流しゝ水莖も、
ふりし昔をしのぶ草。
[やぶちゃん注:明治二九(一八九六)年三月三日刊行の少年園刊『詞藻 新體詩集』に前の「月下吹笛」とともに掲載。署名は本名の伊良子暉造。]
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