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2019/05/30

海士の囀 すゞしろのや(伊良子清白)

 

海士の囀

 

 

  ある高山にて

 

雲の梯よぢのぼり、

衣なびけて夜立てば、

 

秀(ほ)つ高みねの上にして、

袂に星もひろふべく、

 

ほがらほがらと天の原、

わたらふ月の影淸み、

 

風に布かるゝ八重霧の、

したに國土(クヌチ)のあるかそも、

 

天と地とにたゞよひて、

かげもひかりもいろもなき、

 

くしき力にうたれつゝ、

なにとはしらずなみだおつ。

[やぶちゃん注:「梯」「かけはし」と訓じておく。

「布かるゝ」「しかるる」。]

 

 

  

 

七人の子を生むとても、

女にこゝろゆるすなと、

むかしの聖をしへけむ、

百人の子あらばあれ。

 

などあさましきこの世ぞも、

刀の紐のうちとけて、

ふた世を契る妻をさへ、

あだとよぶてふ折あれば。

 

史てふ史を瀆したる、

血しほの史のおほかたは、

女の業にあらざらむ、

をのゝきてこそ讀みにしか。

 

女の髮のいくすぢを、

小琴に張りて彈く時は、

百の獸の王といふ、

獅子もおそれてにぐるとか。

 

物の博士のかにかくと、

論へるもきゝしかど、

女を鬼といふことは、

わがこゝろより放ち得じ。

 

鏡の面にうつし見て、

おのが姿のおそろしく、

人にとつぎしくはし女の、

はじめて眉を剃りしとか。

[やぶちゃん注:「論へるも」「あげつらへるも」。]

 

 

  大西日月子へ

 京にて親くせし大西白月子はまたの號を桂涯といへり。い
 みじう繪に巧にして、歌詠む業にも秀で給へり。今騎兵と
 なりて讚岐におはするに、まゐらせたるうた。

現人神(ウツヒトガミ)のすめらぎの、

詔(マケ)のまにまにかしこみて、

醜(シコ)の御盾と矛とれる、

城はととへば駒とこそ。

 

生田の杜にさく梅の、

ほゝゑむ枝をかざしけむ。

箙のぬしは一人かは、

かた畫き給ふきみあるを。

 

琴平みやのはるのくれ、

夕山おろしふくなべに、

こまの立髮花散らば、

白月毛とや名にたゝむ。

 

八十島かけてはるはると、

月こそてれゝ迫門(セト)の海。

みぎはさばしる細鱗(ウロクヅ)の、

こゝろあるかや鰭振りて。

 

かゝるながめは時分かず。

海の南のしづめとて、

林のごとく益荒雄の、

つらなる見てもをゝしきに。

 

勇魚(イサナ)吼えよるみ熊野の、

熊野の浦にうらぶれて、

われありとしも忘れずは、

はかなき願きゝてもが。

 

鬼の棲むてふ八鬼山の、

八百重の美根のふもとにて、

苫家をゆする汐風を、

馴れては地震と思はねど。

 

花も紅葉もまぼろしの、

影よりほかにしらざれば、

しばしば文にめし給ふ、

歌などいかであるべきか。

 

なかなかきみのさゝらがた、

錦の紐をときさけて、

玉の小宮に祕め給ふ、

絹繪を贈りたまはらば。

 

天馳りても魂ゆきて、

讚岐の沖に立つときく、

はらから石のゐならびて、

二人かたると思はむに。

[やぶちゃん注:第四連「はるはると」の「はるはる」は底本では後半が踊り字「〱」であるので、かく正字化した。「大西日月子」「號を桂涯」は伊良子清白が添書きした以外のことは不詳。]

 

 

  月 の 夜

 

このさやかなる月影に、

見らるゝことのはづかしく、

そむくとせしをあやにくに、

きみもこなたにむき給ふ。

 

いもとでなきがなにとなく、

こゝろのうちにうれしくて、

いつものやうに兄樣と、

いはぬをなぜととはれなば。

 

にぎるともなくにぎられて、

はなすをりにはなにとせん、

鬢のほつれのみだれきて、

搔きあげたくは思へども。

 

城のあとてふあの松に、

あれあれ月のかゝりたり、

昔の人を吊はゞ、

涸井の底もてらせかし。

 

思はず月や見入りけん、

なにを思にふけりけん、

きみも知らでかとくすぎて、

わが家はあとになりつるを。

 

 

  十津川の山中にて

 

まだ夜探しとおぼえたり。

こゝは峠の上ながら、

なほ明星の影見えず、

たゞしろじろと天の河、

南のかたに流れたり。

 

人をうづむる高がやの、

蓑の衣とすれあふに、

そよぐがごとく音立てゝ、

枯れし尾花の折れたるが、

面わなづるもけうとしや。

 

松明あげて見るかたに、

おどろかれにし寺の堂、

板は獸の蹄(アト)を印(ツ)け、

衆鳥の糞(クソ)ほの白く、

網もやぶれて山蛛兒(クモ)は、

なにのえじきにはまれけむ。

 

ひけば扉にむしばみて、

ほとけも末やすゝけては、

鼠も牙をかけざらむ。

雨風ごとに護摩檀の、

灰もこぼれて流れけむ。

 

この荒堂に夜を籠めて、

しのゝめ近くなるまゝに、

谷より雲やのぼるらむ、

たちまち狹霧おそひきて、

松の火白くしめりしが、

山高くてや小雨して。

[やぶちゃん注:「蛛兒(クモ)」「クモ」は「蛛兒」二字へのルビ。蜘蛛の異名としてこの熟語は見たことがないが、何だか、不思議に違和感はない。]

 

[やぶちゃん注:明治三一(一八九八)年三月五日発行の『文庫』掲載。署名は「すゞしろのや」。]

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