あさの小蝶 伊良子暉造(伊良子清白)
あさの小蝶
花のゑまひのひらけたる、
牡丹のうへにねる小蝶、
ひぬまの露にそぼちつゝ、
いかなる夢や結ぶらん。
吹としもなき朝東風に、
おのが羽がひをはらはせて、
長閑に霞む園のうち、
いとも靜に夢むらん。
朝日の光さしそひて、
紅匂ふ花びらの、
濃染のいろも深見草、
いと麗はしく見えにけり。
ぬれて輝やく羽衣の、
小蝶の袖の朝露は、
黃金の玉かあらぬかと、
見まがふまでに照りそひぬ。
折しも蝶はうらうらと、
匂ふ朝日にさそはれて、
かをれる花の床のへを、
そぼちながらに起きいでぬ。
おのが羽風にひらひらと、
しばしがほどは花のへを、
むつれ戲れめぐりしが、
やがてかなたに舞ひゆきぬ。
行衞は友のあたりかも、
そよと吹くる追風に、
花のかをりを身にしめて、
遠くかなたに舞ひゆきぬ。
[やぶちゃん注:明治二七(一八九四)年六月『少年文庫』掲載。署名は本名の伊良子暉造。]