藁屋 伊良子暉造(伊良子清白)
藁 屋
村のはづれのやま下に、
椎の木小陰をよすがにて、
あはれにすめる宿ありき。
屋根の古藁苔むして、
見るだにいとゞ荒たりき。
門にはきよき水ながれ、
せ戶には狹き畠ありき。
おみなはいでゝ衣あらひ、
おきなはいつも耕して、
その日その日を送りにき。
ほかにひとりの少女子の、
いともやさしき孫ありて、
町にいでゝは花を賣り、
村にかへれば花を採り、
かくて二人をなぐさめき。
村の人らの折々に、
つかれ休めに立よれば、
三人はいともうれしげに、
茶などくみつゝくさぐさの、
話にときを移しにき。
話にきけば少女子の、
父はいくさに討死し、
はゝは一昨年世をさりて、
わすれ形見に殘りしは、
花うる少女一人のみ。
少女はいとゞ幼くて、
まだ十一の春なれば、
二人はことにうつぐしみ、
むかふの町を朝ごとに、
花をうらせてすぐすとぞ。
かゝる話をきゝしより、
幼心にいとほしく、
父に乞ひては米送り、
はゝにこひては衣をやり、
三人をいたくめぐみにき。
はづれながらも近ければ、
あるは少女と花をつみ、
あるは媼のはなしきゝ、
朝な夕なにおとづれて、
あそばぬ日とてあらざりき。
さるを都にいと永く、
くらして今年きてみれば、
ふりし藁屋は人もなく、
椎の木高くたてるのみ。
門の小川は水かれて、
背戶の畠には草おひぬ。
あはれ三人はいかなれば、
この山陰をよそにして、
遠くいづちに移りけむ。
[やぶちゃん注:これより、明治二八(一八九五)年パートに入る。この年の十月四日で伊良子清白満十八歳となる。明治二十八年一月三日発行の『少年園』掲載。署名は本名の伊良子暉造。彼らしいしみじみとした物語風の一篇である。]