老いたる王の 伊良子清白 (ハイネ訳詩)
老いたる王の
老いたる王(きみ)のおはしけり
心は重し髮皤(しろ)し
老いて便(びん)なき其王(きみ)は
若き妃(きさき)を娶(めと)りけり
美少の小姓仕へけり
心はかろし髮明(あ)かし
若き妃の曳きたまふ
袴の裾を捧げけり
むかしの歌を君知るや
樂しく悲しきその歌よ
彼等ふたりは死ににけり
かくもふたりは愛しけり
[やぶちゃん注:明治三六(一九〇三)年五月発行の『文庫』初出(署名「清白」)であるが、総標題「夕づゝ(Heine より)」の下に、「さうび百合ばな」・「きみとわが頰の」・「頰は靑ざめて」・「使」・本「老いたる王の」・「墓場の君の」・「うきをこめたる」・「戀はれつこひつ」・「夕となりぬ」・「なれをこひずと」の十篇からなる、ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine 一七九七年~一八五六年)の翻訳詩群である。本篇の原詩は私には判らなかった。初出は第二連終行が「袴の裾をかつぎけり」である以外は、有意な異同を認めない。]