心を痛み 伊良子清白 (ハイネ訳詩/附・生田春月訳)
心を痛み
心を痛み舟の上
われら二人は坐るなり
夜は靜かに海遠く
われ等二人は泛(うか)ぶなり
月の光の影浴(あ)びて
くろき島こそ橫はれ
可愛しき響物のおと
霧のをどりもゆらぎつつ
彌(いや)面白く愛(めづ)らしく
物のけしきぞなりまさる
されどわれらは味氣なく
沖べはるかに泛ぶなり
[やぶちゃん注:明治三六(一九〇三)年十一月発行の『文庫』初出(署名「清白」)であるが、総標題「夕づゝ(四)(Heine より)」の下に、「綠の牧場」・「車に乘りて」・「われの言葉を」・本「心を痛み」・「春」の五篇からなる。本篇は一八二三年刊の詩集“Tragödien, nebst einem lyrischen Intermezzo”(「抒情的間奏曲附きの、悲劇」)の“Lyrisches Intermezzo”(「抒情的間奏曲」)の第XLIII歌(第四十三歌)である。原詩はこちら(リンク先はドイツ語の「ウィキソース」)。初出は「夜は靜かに海遠く」が「夜は靜に海遠く」、「月の光の影浴(あ)びて」が「月の光の影浴て」、「可愛しき響物のおと」が「可愛(かな)しき響物の音」となっている。
生田春月(明治二五(一八九二)年~昭和五(一九三〇)年)の訳を国立国会図書館デジタルコレクションの大正一四(一二五)年春秋社刊生田春月訳「ハイネ全集 第一巻」(「詩の本」)の「抒情插曲」パートから示す。春月のそれは第「四十二」歌とする。
四十二
ふたりは仲よく手をとつて
輕い小舟に乘つてゐる、
夜はしづかに凪ぎはよい
沖へ沖へと舟は出る。
幽靈島はうつくしく
月のひかりにかすんでゐる、
たのしい音色(ねいろ)が洩れて來て
霧はをどつて波をうつ。
音色はいよいよ冴えわたり
霧はいよいよ飛びまはる、
けれどそこへはよらないで
沖へ出て行くやるせなさ。
*]