妹とわれ 伊良子暉造(伊良子清白)
妹とわれ
行くを追ひつゝ追はれつゝ、
姿やさしきわぎ妹子の、
うつや扇の追かぜに、
こゝろみだれて飛ぶ螢。
小草のかげに忘れたる、
ほたるの籠をうしろより、
袂の中にさし入れつ、
かたを叩きてわぎ妹子よ。
里の小川の丸木橋、
わたりわづらふ手をとりて、
危ぶみながらとめくれば、
背負ひ給ひてわが兄子よ。
渡り終へてもなかなかに、
はなしかねたる妹が手の、
おゆびに光る色見れば、
昨日贈りしわが指輪。
草の枕のゆくりなく、
旅路のはなにあこがれて、
手折り初めてしきのふ今日、
いつの日にかは離るべき。
貌あからめてうちかくす、
妹が袂を引きとめて、
いかでいく日もとまらばや、
あすは五月雨ふれよかし。
[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年九月の『靑年文』掲載。署名は本名の伊良子暉造。]