君の園生に 伊良子清白
君の園生に
君の園生にわれは入る
今日はいづこぞ戀人よ
この寂しさを通ひくる
胡蝶はひとり羽ばたきぬ
さばれ彩(いろ)なす衣して
花のはたけは匀ひけり
西の微風(びふう)は物の香に
こもりてわれを吹きめぐる
近くおはすを身にぞしる
さびしさ今は花やぎぬ
沈默(しじま)の鄕(さと)の上こえて
目に見えぬもの漂へり
[やぶちゃん注:初出は明治三九(一九〇六)年四月発行の『文庫』であるが、総標題「きらゝ雲」として、先の「休ひの谷」を筆頭に「かへし」・「ちごのをはり」(後に先の「稚児の終焉」に改題)・「運命」・「鹿」・「よきねがひ」・「秋」・本「君の園生に」・「涅槃」・「さいはひ」(表記はママ)の十篇から成っている(署名「清白」)。
「さばれ」は副詞(接続詞的にも使用する。「さはれ」と同じ)で「そうではあるが。とにもかくにも。さもあらばあれ」或いは「しかし。だが」に同じ古語。
初出は第二連が、
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さばれ彩(あや)なす衣(ころも)して
花(はな)の畠(はたけ)は匂(にほ)ひけり
西の微風(さそひ)は物の香に
こもりてわれを吹きめぐる
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で、ここは朗読すると、初出の方がよい。他に有意な異同は認めない。]