野末の菊 伊良子暉造(伊良子清白)
野末の菊
友人の山陽にあそぶを送る
暮れ行く秋にあこがれて、
都の空をたちはなれ、
君が行きますこの門出。
軒の柳のくりかけて、
しばし留めむすべもがな。
尋ねますらむ歌枕、
君がこゝろのゆかしさは、
三十一文字にから歌に、
その言の葉のいろ深く、
匂はぬ折もなかるらむ。
友なき宿もあるものを、
村雨そゝぐさびしさに、
ぬるゝ袂をくりかへし、
君を思ひてうたゝねの、
結ぶ夢路やいかならむ。
千草にさやぐ霜白く、
空行く月も更けにけり。
歸る家路や寒むからじ、
今宵はこゝに宿りませ、
かたり明かさむ夜もすがら。
茅屋夜坐
秋吹風も芭蕉葉に、
二聲三聲音信れて、
この菅の根の長き夜を、
今宵はとはむ友もなし。
あれ行くまゝにまかせてし、
そのませ垣のへだてなく、
うばらの花の匂ひきて、
襤褸の袖に通ふなり。
壺なる酒もつきにけり、
虫のなく音も更けにけり、
肱をまくらにいざやまた、
夢のこのよの夢を見む。
[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年十二月二十五日発行の『文庫』第一巻第六号掲載。署名は本名の伊良子暉造。この年、十八歳最後の発表詩篇。
「音信れて」「おとづれて」。
「菅の根の」「すがのねの」は万葉以来の枕詞。単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科スゲ属 Carex(種が多く、世界で二千を超え、本邦でも変種を含めて二百種を超える)の菅(すが/すげ:同属の内、和名に付随するものでは総て「スゲ」)の根は、長く乱れ、蔓延(はびこ)ることから、「長(なが)」・「乱る」・「思ひ乱る」に、また、同音「ね」の繰り返しで「ねもころ」(懇ろ)に掛かる。
「ませ垣の」「まがき」に同じ。「籬垣」「笆垣」で、竹や木で作った目の粗い低い垣根。多く庭の植え込みの周りなどに設ける。目が粗いから後の二行に続く。
「うばら」「茨」。「いばら」。棘を持ったバラ亜綱バラ目バラ科バラ亜科バラ属 Rosa のノイバラ Rosa multiflora やテリハノイバラ Rosa luciae の野生種の野薔薇(野茨)の類い。]