和漢三才図会巻第三十九 鼠類 鼢(うころもち)・鼧鼥 (モグラ・シベリアマーモット)
うころもち 田鼠 鼹鼠
隱鼠
鼢【音焚】
【別有名隱鼠
者同名異種】
【和名宇古
呂毛知】
本綱鼢狀如鼠而大脚短尾長寸許目極小項最短其身
肥多膏黒色尖鼻甚強常穿地中而行能壅土成坌見日
月則死月令季春田鼠化爲鴐八月鴐爲鼠是二物交化
如鷹鳩然也鴐乃鶉類也伯勞化鼢櫛魚化鼢則鼢之化
不獨一種也
△按鼢狀似鼠而肥毛帶赤褐色頸短似野猪其鼻硬白
長五六分而下觜短眼無眶耳無珥而聰手脚短五指
皆屈但手大倍於脚常在地中用手掘土用鼻撥行復
還舊路時仰食蚯蚓柱礎爲之傾樹根爲之枯焉聞人
音則逃去早朝窺撥土處從後掘開從前穿追則窮迫
出外見日光卽不敢動竟死又畏海鼠
肉【鹹寒】 治癰疽爛瘡痔瘻瘡疥小兒食之殺蚘蟲【皆燔之食】
今俗用鼢手搔疥癬治者有所以也乎
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鼧鼥
[やぶちゃん注:以下の二行分は原典では項目の下に一字空けで記載されている。]
土撥鼠荅刺不花○本綱生西蕃山澤間穴土
爲窠形如獺夷人掘取食之其皮可爲裘甚暖
濕不能透
△按鼧鼥乃鼢之類而大者生西域
*
うころもち 田鼠 鼹鼠〔(えんそ)〕
隱鼠〔(いんそ)〕
鼢【音「焚〔(フン)〕」。】
【別に「隱鼠」と名づくる有り。
〔然れども、〕同名異種の者なり。】
【和名「宇古呂毛知」。】
[やぶちゃん注:「うころもち」の「こ」には、原典、濁点の痕跡のようなものが見えなくもないが(ドット状の小点なので単なる汚損の可能性が高い)、清音表記も通していたので、「うころもち」とする。]
「本綱」、鼢、狀、鼠のごとくにして、大なり。脚、短く、尾の長さ寸許り。目、極めて小さし。項〔(うなじ)〕、最も短く、其の身、肥えて膏〔(あぶら)〕多し。黒色。尖りたる鼻、甚だ強し。常に地中を穿ちて行き、能く土を壅〔(よう)〕し[やぶちゃん注:塞ぎ。]、坌〔(ふん)〕[やぶちゃん注:ここは掘り返すことで生じたこんもりとした小さな盛り上がりを指す。]を成す。日月を見るときは、則ち、死す。「月令〔(がつりやう)〕」に、『季春[やぶちゃん注:陰暦三月。]、田鼠〔(もくらもち)〕、化して鴐(かやくり)と爲り、八月に、鴐、鼠と爲る』〔と〕。是れ、二物〔の〕交(こもごも)化して〔→すは〕、鷹〔と〕鳩〔とに〕然り。鴐は乃〔(すなは)〕ち「鶉〔(うづら)〕」の類ひなり。伯勞〔(もず)〕、鼢に化し、櫛魚〔(たびらこ)〕、鼢に化〔せば〕、則ち、鼢の化、獨り、一種ならざるなり。
△按ずるに、鼢、狀、鼠に似て、肥え、毛は赤褐色を帶ぶ。頸、短きこと、野猪(ゐのしゝ)に似て、其の鼻、硬く白く、長さ、五、六分にして、下の觜〔(くちさき)〕、短く、眼に眶(まぶた)無く、耳に珥(〔みみ〕たぶ)無く、而〔れども〕聰(みゝと)し[やぶちゃん注:耳がよい。「東洋文庫」は『聰(さと)い』と訳すが、原文に即した訳とは言い難いので採れない]。手・脚、短く、五指、皆、屈(かゞ)まり、但し、手の大(ふと)さ、脚より倍し、〔→す。〕常に地中に在りて、手を用ひて土を掘り、鼻を用ひて撥(ひら)き行き、復た、舊路に還る。時に仰(あをむ[やぶちゃん注:ママ。])きて、蚯蚓〔(みみず)〕を食ふ。柱礎、之れが爲めに傾き、樹〔の〕根、之れが爲めに枯るる。人の音を聞けば、則ち、逃げ去る。〔人〕、早朝、土を撥〔(あば)〕く處を窺〔ひて〕、後(しりへ)より掘り開き、前より穿〔(うが)ちて〕追ふときは、則ち、窮迫して、外に出で、日光を見るときは、卽ち、敢へて動かず、竟〔(つひ)〕に死す。又、海鼠(とらご)[やぶちゃん注:ナマコ。]を畏る。
肉【鹹、寒。】 癰疽〔(ようそ)〕・爛瘡・痔瘻・瘡疥〔(さうかい)〕を治す。小兒、之れを食へば、蚘蟲〔(かいちう)〕を殺す【皆、之れを燔〔(あぶ)りて〕食す。】。今、俗、鼢の手を用ひて、疥癬(ぜにかさ)、搔きて治すといふ者、所以(ゆへ[やぶちゃん注:ママ。])有るなり〔とする〕か。
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鼧鼥〔(たはつ)〕
「土撥鼠〔(どはつそ)〕」。「荅刺不花〔(たうらふくは)〕」。[やぶちゃん注:以上は異名なので、ここで改行した。]
○「本綱」、西蕃〔(せいばん)〕[やぶちゃん注:明代から中華民国期にかけて、甘粛・四川・雲南地方の漢民族が隣接するカム地方(チベット東部地方。元・明代の地理史料では「アムド」(チベット高原東北部を構成する地方の一つ)とともに「吐蕃(とばん)」の「朶甘(だかん)」と一括して呼ばれた。現在は中華人民共和国チベット自治区東部・青海省東南部・四川省西部・雲南省北西部に分割されている)のチベット系民族を指して用いた蔑称。]の山澤の間に生ず。土に穴〔ほりて〕窠〔(す)〕を爲〔(つく)〕る。形、獺〔(かはうそ)〕のごとし。夷人、掘り取りて、之れを食ふ。其の皮、裘〔(かはごろも)〕に爲〔(つく)〕るべし。甚だ暖かにして、濕、透(とほ)すこと能はず。
△按ずるに、鼧鼥は、乃ち、鼢(うころもち)の類ひにして、大なり者〔なり〕。西域に生ず。
[やぶちゃん注:概ね(特に良安の記載)、哺乳綱トガリネズミ形目 Soricomorphaモグラ科 Talpidae のモグラ類と認識してよいが、この「鼢」は中国では全くの別な種をも指す(後述)ので注意が必要である。先に言っておくと、本邦での「モグラ」類の呼称は「うころもち」「うごろもち」の他にも、小学館「日本国語大辞典」の「うごろもち」の方言の部分によれば、「おごらもち」「おごろもち」「おもろもち」「おんごこもち」「んごろもち」が挙げられ、別見出しでモグラの異名として「うごろ」を挙げ、その方言に「おごろ」「おんごら」「おんごろ」を示す。他にも調べてみると「おんごろもち」「おぐろもち」「おぐらもち」など多様である。恐らく「うころ」「うごろ」は、「土地が有意に高く盛り上がる」の意の「うごもつ」「うぐもつ」(墳つ)が語源と思われ、その名詞形で既に「墳(うぐろもち)」が古くに存在するから(観智院本「類聚名義抄」(十一世紀末から十二世紀頃に成立した原本の鎌倉末期の書写。原撰本を増補改編した系統の一本)に所収)、モグラが持ち上げて形成された小さな、まさに土饅頭(墳)状のあれから生まれた名と考えて間違いない。
まず、本邦産種を挙げる。ウィキの「モグラ」によれば、本邦には四属七種が棲息し、そのすべての種が日本固有種とされている。
Talpinae亜科Urotrichini族ヒメヒミズ(姫日不見)属ヒメヒミズ Dymecodon pilirostris(本州・四国・九州に分布。以下同じ)
頭胴長は約七~八センチメートルと、非常に小型。以下のヒミズと競合する生息域では個体数が減少する傾向にあり、現在では主に、ヒミズの進出し難い、標高の高い岩礫地に棲息している。はっきりしたトンネルは掘らず、落ち葉の下などで単独で生活している。一属一種。
Talpinae亜科Urotrichini族ヒミズ属ヒミズ Urotrichus talpoides(本州・四国・九州・淡路島・小豆島・対馬・隠岐など)
落ち葉や腐食層に浅いトンネルを掘り、夜間には地表も歩き回るという半地下性の生活を営んでいる。一属一種。
Talpinae亜科Talpini族ミズラモグラ(角髪土竜。因みに、本邦で「もぐら」を意味する、「土竜」は「もぐら」の掘ったトンネル部が竜のように見えたために当てられたものであろうが、中国では「地龍」と書いて「もぐら」に食われる「ミミズ」を指す語である。古い時代に「ミミズ」を示す「地龍」「土龍」が本邦に入ってきた際、穴のスケールから誤解して「もぐら」に当ててしまった可能性が高い)属ミズラモグラ Euroscaptor mizura(本州の青森県から広島県にかけて)
本州からしか発見されておらず、棲息数は少ない。
Talpinae亜科Talpini族モグラ属 Mogera(この属名和名は、これを命名記載したフランスの地質学者・古生物学者ニコラス・オーギュスト・ポメール(Nicolas Auguste Pomel 一八二一年~一八九八年:一八四八年命名で弘化五・嘉永元年に当たるが、彼は日本には来ていないものと思われる)が又聞きの日本語「Mogura」を聞き違えたか、記載の際にスペル・ミスしてしまったことで今日に至っている)アズマモグラ Mogera imaizumii(本州(基本的に中部以北であるものの、紀伊半島・広島県などに孤立した小個体群が棲息している)・四国(剣山及び石鎚山)・小豆島・新潟県粟島)
主に東日本に分布する。
モグラ属コウベモグラ Mogera wogura(本州(中部以南)・対馬・種子島・屋久島・隠岐など)
西日本に生息する大型種で、アジア大陸に近縁種が分布している。
モグラ属サドモグラ Mogera tokudae(本州(越後平野)・佐渡島)
農業基盤整備事業等による環境の改変のため、越後平野の主要な生息地が大型モグラの生息に不利な環境となり、小型種のアズマモグラが侵入するとともに、エチゴモグラは分布域を縮小しつつある。
モグラ属センカクモグラ Mogera uchidai(尖閣諸島)
一九七六年に採取され、一九九一年に新種認定された。模式標本は尖閣諸島に属する約四平方キロメートルしかない魚釣島の海岸近くの草地で捕獲された♀の一体で、それのみしか確認されていない。環境から見て、棲息数は非常に少ないと考えられているが、一九七八年に魚釣島に持ち込まれたヤギの大増殖による環境破壊のため、存続が危ぶまれている。
以下、「モグラ」の汎論的記載。棲息域はヨーロッパ・アジア・北アメリカで、『南半球では確認されていない』。大きさは大型のTalpinae亜科Desmanini族ロシアデスマン属ロシアデスマン Desmana moschata では十八~二十二センチメートル、小型種では既に書いたヒメヒミズを見られたい。全体に、『体型は細長く、円筒形』で、一般には、『全身が細かい毛で覆われ、鼻先だけが露出している。触覚が発達し、鼻面や尾などに触毛がある』。やや細かに見ると、モグラ属の『モグラ類は短い体毛、ヒミズ類は粗い体毛と下毛、デスマン類は防水性の密な下毛と油質の上毛で被われる』。『主に森林や草原の地中に生息するが、デスマン類は水生で河川や湖に生息する』。『眼は小型で体毛に埋まり、チチュウカイモグラ』(Talpinae亜科Talpini族ヨーロッパモグラ属チチュウカイモグラ Talpa caeca)『などのように皮膚に埋もれる種もいる』。『明度はわかるものの、視覚はほとんど発達しない』。『ヒミズ類の一部を除き耳介はない』。『鼻面は長く管状で、下唇よりも突出する』。『鼻面には触毛を除いて体毛はなく、ホシバナモグラ』(Scalopinae亜科Condylurini族ホシバナモグラ属ホシバナモグラ Condylura cristata)『では吻端に肉質の突起がある』。『モグラ類は前肢が外側をむき』、『大型かつ』、『ほぼ円形で』、五『本の爪があり』、『土を掘るのに適している』。『これらは地下で穴を掘って暮らすための適応と考えられ』。『また、前足は下ではなく』、『横を向いているため、地上ではあまり』前足を効率よく運動させることが出来ない。但し、水辺での生活を好む『デスマン類では』、『前肢の指に半分ほど、後肢の趾の間には水かきがあり』、『指趾に剛毛が生え』、『水をかくのに』都合がいいように適応している。『陰茎は後方に向かい、陰嚢』は持たない。『単独で生活し、それぞれの個体が縄張りを形成する』。『主に周日行性で』一『日に複数回の活動周期がある種が多いが、デスマン類は夜行性傾向が強い』。『主に昆虫、ミミズなどを食べる』が、水辺を好む『デスマン類は魚類や両生類などの大型の獲物も捕食する』。『食物を蓄えることもある』。『年に』一『回だけ』二~七『匹』『の幼獣を産む』。『モグラは地下にトンネルを掘り、その中で』主に『生活する。ただし、掘削作業は重労働であるため』、『積極的に穴掘りを行うわけではなく、主となるのは』、『既存のトンネルの修復や改修である。地表付近にトンネルを掘ったり、巣の外へ排出された残土が積みあがるなどの理由で、地上には土の盛り上がった場所ができる。これを「モグラ塚」という』。『地中に棲むミミズや昆虫の幼虫を主な食物としている。多くの種に見られる狩猟法は、一定の範囲内に掘られたトンネルに』、『偶然』に出くわしてしまった『獲物を感知・採取するという方法である。そのため、モグラのトンネルは巣であるのと同時に狩猟用の罠と』も『なっている』。『モグラが地上で死んでいる例が時々見られ』ることから、『「太陽に当たって死んだ」とされ、モグラは日光に当たると死ぬと言われ』、ここでも、時珍も良安も口を揃えてまことしやかに「日光に当たると死ぬ」と記しているが、これは全くの誤りである。ろくに観察もせず、モグラは地中にのみ住み、地上には出てこない、だから、太陽に当たると死ぬ(陰陽五行説風に言えば完全な「陰気」の)生物と誤解されてきただけで、実際には、モグラはしばしば昼間でも地上に現われるのである。『人間が気付かないだけである。死んでいるのは、仲間との争いで地上に追い出されて餓死したものと考えられ』、『モグラは光を認識しないため、明るいところで飼育することも可能である』(実際に私も、熱帯魚用の水槽の中で飼育されていて、地表で餌を摂餌しているのを見たことがある)。『実際、モグラは非常な大食漢で、胃の中に』十二『時間以上』、『食物が無い』状態になると、『餓死してしまう。この特性を知らないでモグラを飼い、餌を与えきれずに死なせてしまうことが少なくない』。『なお、餌が手に入らなかった場合の対策として、唾液に麻酔成分が含まれており』(現行の知見では人間には無毒であるらしい)、『それによって獲物を噛んで仮死状態にして巣に貯蔵しておくという習性を持つものが存在する』。『地中での生活が主であるが』、『実は泳ぎが上手く、移動中やむなく水辺に当たった場合などは』、『泳いで移動をする』とある。
さて、冒頭に述べた問題点に移る。同ウィキには実は、中国語では広義の「モグラ」類は「鼴」「鼴鼠」「鼢」「鼢鼠」と漢字表記するとあるのだが、学名としての「鼢」は、『齧歯目のモグラネズミ(モグラネズミ属 Myospalax)を指す』とあるのである(太字は私が附した)。これは体型がモグラに似ているものの、
齧歯(ネズミ)目ネズミ亜目ネズミ下目ネズミ上科メクラネズミ科モグラネズミ属 Myospalax
で全く縁遠い生物種なのである。しかも彼らは中国からモンゴル東部・シベリア南部にかけて八種も分布している。グーグル画像検索「Myospalax」を掲げておくが、「本草綱目」の時珍を始めとする中国の古い本草学者たちが「モグラ」と「モグラネズミ」を混同して可能性は高い。しかし……だ……この画像群、凝っとよく見ていると、「モグラネズミ」の皮革は……、これ、如何にも暖かそうじゃないかい!? それに……よく肥えていてモグラより遙かにデカいぞ! 食いでもありそうじゃないかい?! 或いは「鼢」はやっぱり「もぐら」で、実は後に出る「鼧鼥〔(たはつ)〕」こそがこの「モグラネズミ」じゃないのか!?――と行ってメデタシメデタシと纏めたいところなのだが――「鼧鼥」――は残念ながら、別種である(後述)。
「別に「隱鼠」と名づくる有り。〔然れども、〕同名異種の者なり。」次の独立項「隱鼠(ぶたねずみ)」のこと。別名も「鼹鼠」が一緒で、他に「偃鼠」「鼠母」「鼰【音「菊」。】」おある。たまには句読点と記号だけのもので、お目にかけましょうか。
*
「本綱」、隱鼠、在山林中、而獸類、非鼠之儔。大、如水牛。形、似猪。灰赤色。脚類象、而驢蹄。口鋭、胸前尾上、白色。有力、而鈍。性、畏狗。見、則、主水災【「梁書」云、『倭國、有山鼠如牛。又、有大蛇、能吞之。蓋、日本未聞有如此者。其何物耶。】。
*
私が既に実在生物の同定比定をする気を始める前からなくしているのがお判り戴けましょうぞ。
「月令〔(がつりやう)〕」「礼記」の「月令」(がつりょう)篇(月毎の自然現象・古式行事・儀式及び種々の農事指針などを記したもの。そうした記載の一般名詞としても用いる)。以下は実は「鼠」の項に既に出て、既注なのだが、再掲すると、
*
桐始華、田鼠化爲鴽、虹始見、萍始生。
*
この「鴽」には東洋文庫訳では割注で、『家鳩もしくはふなしうずら』とする。ところが、既に電子化注した「和漢三才圖會第四十二 原禽類 鶉(うづら)(ウズラ)」には「鴽」に良安は「かやくき」というルビを振っているのである(但し、そこでも東洋文庫版は『ふなしうずら』と訳ルビしてある)。現行ではフナシウズラは「鶕」で、鳥綱チドリ目ミフウズラ(三斑鶉)科ミフウズラ属ミフウズラ Turnix suscitator の旧名であり、「ウズラ」とはつくものの、真正のキジ目キジ科ウズラ属ウズラ Coturnix japonica とは全く縁遠い種である。中国南部から台湾・東南アジア・インドに分布し、本邦には南西諸島に留鳥として分布するのみである。されば、そこで良安が「かやくき」と和名表記したそれは、種としての「フナシウズラ」ではないと私は考えた。「かやくき」は、調べてみると、「鷃」の漢字を当ててあり、これはウズラとは無関係な(この漢字を「うずら」と読ませているケースはあるが)、スズメ目スズメ亜目イワヒバリ科カヤクグリ属カヤクグリ Prunella rubida の異名であることが、小学館「日本国語大辞典」で判明した。しかも上記の「鶉」の次の項が「和漢三才図会」の「鷃(かやくき)」なのであった(但し、そこには『鷃者鶉之屬』(「本草綱目」引用)とはある)。この日中の同定比定生物の齟齬のループから抜け出るのはなかなかに至難の技ではある。軽々に比定は出来ない。なお、「田鼠」について、ミクシィのさる中国語に堪能な方の過去記事に、『中国で、「田鼠」が「もぐら」を指したことはないよう』だ、とあったのには、びっくりした。「本草綱目」にちゃんと出てるし、「礼記」の「月令」のこの「田鼠」がその片の言うように、現行中国語と同じ「東方田鼠」、大量発生して甚大な被害を齎す「野ネズミ」である、齧歯(ネズミ)目ネズミ上科キヌゲネズミ科ハタネズミ亜科ハタネズミ属オオハタネズミ Microtus fortis を指すのだとしたら、「礼記」の「月令」も地に落ちたもんだと私は思う。だったら、「月令」の注には、私だったら、「鴽」に化した後に全部狩り取って食べて仕舞えば、鼠害を免れしむと絶対に書くだろう。
「是れ、二物〔の〕交(こもごも)化して〔→すは〕、鷹〔と〕鳩〔とに〕然り」この全く異なった生物の、突然に発生する交換的化生説は、鷹と鳩との間に生ずる「それ」と全く同じこと(現象)である。これによって、「和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鷹(たか)」の腑に落ちなかった箇所、則ち、そこの本文(「本草綱目」の引用のみ)の終りの箇所、
*
蓋し、鷹と鳩とは「氣」を同じくし、「禪化〔(ぜんか)〕」する。故に得て、「鳩」と稱す。
*
の意味が判然と腑に落ちた。やはり、鷹もある時、鳩になり、鳩もある時、鷹に変ずる、というのである。
「伯勞〔(もず)〕」私の好きな、スズメ目スズメ亜目モズ科モズ属モズ Lanius bucephalus。「和漢三才圖會第四十三 林禽類 鵙(もず)(モズ)」を参照されたい。但し、そこにはこの化生についての言及はない。
「櫛魚〔(ふな)〕」「東洋文庫」訳はこの読みを『ふな』とするが、この熟語は狭義のコイ目コイ科コイ亜科フナ属Carassius を指してはいない。私の古い「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「※(たびらこ)」(「※」=「魚」+「節」)があり、その本文は以下である。
*
「本綱」に、『※〔(たびらこ)〕は鯽〔(ふな)〕と同じくして、味、同じからず。功も亦、及ばず。狀、鯽〔(ふな)〕に似て、小さく、且つ、薄く、黑くして、揚赤[やぶちゃん注:赤みがかっているの意か。]。其の形、三つを以つて率と爲す。一つは前、二つは後、婢妾〔(ひせふ)〕のごとく、然り。故に婢と名づけ、妾と名づく』と。又、時珍曰はく、『孟詵〔(もうしん)の〕「※は是れ、櫛の化し、鯽は是れ、稷米〔(きび)〕の化して成る」と言ふは、殊に、謬説〔(べうせつ)〕なり。惟だ、鼢鼠(うくろもち)、※に化し、※、鼢鼠に化すとは、「霏雪錄〔(ひせつろく)〕」の中に嘗つて之れを書す。時珍も亦、嘗つて之れを見る。此れ亦、生生化化の理〔(とこわり)〕なり。鯽・※、子、多し。盡く、然るには、あらざるのみ』と。
△按ずるに、※は鯽に似て、脊、黑く、腹、白し。形、薄く匾〔(ひらた)〕く、やや團〔(まる)〕し。大抵、二、三寸ばかり。恰(あたか)も木〔(こ)〕の葉に似、又、櫛に似る。其の小なる者は、腹〔の〕尾に近き處、微赤〔にして〕、味、美ならず。鯽を襍(まじ)へて[やぶちゃん注:「混じへて」。混ぜて。]之れを販〔(ひさ)〕ぐ。或いは、腌(しほづけ)に爲して食ふ。蓋し、櫛及び鼢鼠、化して※と成るの兩説、並びに信じ難し。新たに池を掘り、雨水、春夏の陽氣を感ずるときは、卽ち鯽・※、自生して、牝・牡、有り。復た、一孕〔(ひとはらみ)〕に數百の*(こ)を生ず。鯉・鰌〔(どぢやう)〕も亦、皆、此くのごとし[やぶちゃん字注:「*」=「魚」+「米」。]。
*
とあることから、本種は一応、淡水魚である、コイ科タナゴ亜科タナゴ属のアカヒレタビラAcheilognathus tabira subsp.2に同定した。これを変更するつもりは、今は、ない。グーグル画像検索「Acheilognathus tabira subsp.2」をリンクさせておく。
「鼢の化、獨り、一種ならざるなり」モグラへの交換(推定。必ずしも双方向交換ではないのかも知れない)化生は複数の種(「鴽」・「伯勞」・「櫛魚」)がいるのだ、というのだから、スゴイノダ!
「海鼠(とらご)」勿論、あの棘皮動物門ナマコ綱 Holothuroidea のナマコ類である。本邦の民俗風俗を知っていれば、少しも唐突ではない。モグラは実は譚海 卷之三を田畑を食い(ここは誤認)荒らす(ここは正しい)害獣としてすこぶる嫌われたのである(今も畑地に風車を指す御仁らはその振動をモグラが嫌うと信じておられるということは、モグラをやはり害獣と考えておられるわけである)。私の古い仕儀だが、「耳囊 卷之四 田鼠を追ふ呪の事」をまず読まれたい。次に、私の『海産生物古記録集■6 喜多村信節「嬉遊笑覧」に表われたるナマコの記載』がよかろう。その「鼹鼠うち」(所謂、「もぐら打ち」の農耕行事)で、ナマコを用いて《害獣》とされてしまったモグラに対する本邦の民俗行事が明らかとなろう。次いで、『海産生物古記録集■7 「守貞謾稿」に表われたるナマコの記載』を読まれれば、まずは行事の理解は完璧と思う。更に興味のある方は、私の「大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 海鼠」を読まれんことをお薦めするが、ここまで来ても、何故、「ナマコ」なのかは、今一つ、判然としないかも知れない。私の敬愛する海洋生物生理学者であられる本川達雄氏の「世界平和はナマコとともに」(二〇〇九年阪急コミュニケーションズ刊)にも書かれてあるが、ナマコの持つ「サポニン」(saponin:広く植物界に存在するサポゲニンという多環式化合物と糖とが結合した配糖体で、「sapo」はラテン語で「石鹸」の意であり、発泡・溶血作用を持ち、対象個体の大きさによるが、小・中体型の動物体には有毒作用として働く)をモグラが嫌がるからという科学的説明はまず挙げられるものの、折口信夫の民俗学的考証によれば、「なまこ」の「なま」とは異界から来訪する「まれびと」、即ち、霊力を持つ神と認識されたものであると推理し(確かに、ナマコは一般人から見れば、目鼻を持たず、前後も不詳で、強烈な再生能力を持つ(半分に切っても、内臓を除去しても再生する。というより、自ら天敵から逃れるために、内臓を自ら吐き出したり、吹き出させたりする「吐臓」行動を行いさえする)から、そう考えても不思議ではない)から、折口の謂いは決して不思議ではなく、『モグラぐらい、簡単に撃退する力がある』と考えたとしても、強ち、的外れではないとは言える。
「癰疽」悪性の腫れ物。「癰」は浅く大きく、「疽」は深く狭いそれを指す。
「爛瘡」広義の皮膚の炎症疾患、蕁麻疹から激しい糜爛性皮膚炎までも指す。
「瘡疥」主に小児の顔に硬貨大の円形の白い粉をふいたような発疹が出来る皮膚病。数個以上できることが多い。顔面単純性粃糠疹(ひこうしん)。所謂、「はたけ」である。
「蚘蟲〔(かいちう)〕」線形動物門双腺綱旋尾線虫亜綱回虫(カイチュウ)目回虫上科回虫科回虫亜科カイチュウ属ヒトカイチュウ(人回虫) Ascaris lumbricoides を代表とする、ヒトに寄生する(他の動物の寄生虫による日和見感染を含む)寄生虫類。「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚘(ひとのむし)」を参照されたい。小児の心因性を含む各種の症状の主原因の一つとして、カイチュウは大いにその主因と考えられていた(実際にはカイチュウのはかなりの量が寄生しても無症状である)。
「疥癬(ぜにかさ)」皮膚に穿孔して寄生するコナダニ亜目ヒゼンダニ科Sarcoptes 属ヒゼンダニ変種ヒゼンダニ(ヒト寄生固有種)Sarcoptes scabiei var. hominis によって引き起こされる皮膚疾患。
「鼧鼥〔(たはつ)〕」「土撥鼠〔(どはつそ)〕」「荅刺不花〔(たうらふくは)〕」齧歯目リス亜目リス科マーモット属シベリアマーモット Marmota sibirica。ウィキの「シベリアマーモット」によれば、『生息地ではタルバガンとも呼ばれる』(「荅刺不花〔(たうらふくは)〕」は明らかにその漢音写であろう)。棲息地は中国の黒竜江省・内モンゴル自治区やモンゴル・ロシア(トゥヴァ共和国及びザバイカル)で、体長は五十~六十センチメートル、体重は六~八キログラムで、尾長は体長の五十%以下。体重は最大で九・八キログラムに達する。標高六百から三千八百メートルにある草原・ステップ・低木林・半砂漠などに棲し、『ペアと幼獣(分散前の個体と新生児)からなる家族群(環境が悪ければ不定的で』三~六『匹、環境がよければ』、十三~十八『匹に達する)を構成して生活する』、九『月から巣穴で』五~二十『匹が集まって冬眠するが、冬眠の期間は夏季の栄養状態や秋季の天候により』、『変動がある』。『食性は植物食で、主に草本を食べるが』、『木の葉なども食べる』、『捕食者はアカギツネ、ハイイロオオカミ、ヒグマ、ユキヒョウ、ワシタカ類などが挙げられる』。『冬眠から開けた』四『月に交尾を行』う。『妊娠期間は』四十~四十二日で、五『月下旬に』一『回に最大』八『匹(主に』四~六『匹)の幼獣を産む』。『生後』二『年で性成熟するが、通常は生後』三『年で分散する』。『モンゴルでは遊牧民が肉を食用とする』。『マルコ・ポーロも』「東方見聞録」の『中でタルタール人の食文化について「この辺り至る所の原野に数多いファラオ・ネズミも捕まえて食料に給する」と記述しており、この「ファラオ・ネズミ」はおそらくタルバガンだと考えられている』。『薬用とされることもあり、油が』、『伝統的に火傷や凍傷、貧血などに効果があるとされている』。『毛皮も利用され』る。『タルバガンは草原の地面に穴を掘るため、土壌の通気性を良くする役目を果たしていると』もされる。しかし乍ら、『腺ペストを媒介し、本種が原因とされるペストの流行で』一九一一年で約五万人が、一九二一年には約九千人が死亡している。『ペストに感染した本種の肉を』『人間が食べることでも感染する』。『そのため、生息地で衰弱したタルバガンの生体や死体を見つけても、近寄らない、触らない等の注意が必要である。また』、『現地の人に勧められても、タルバガンを食べない』ということも『必要で』あり、待遇への『心証を悪くしたくない』との理由から、『どうしても食べなければならない場合』には、『良く火を通してから、少量だけ』、『食べる』ことが肝要である。『モンゴルは数少ないペスト発生国であり、どこかで』、『毎年のように発生し、死者も出る。モンゴルではタルバガンが主な感染源とされて』おり、『ペスト患者が出ると、その感染拡大を防ぐために』、『集落や町全体を封鎖することも』、『度々』、『行われている。齧歯類全般、特に野生のものについては』『ペスト菌の保有を前提として』対処する必要がある。かのおぞましき日本の七三二『部隊は』、『タルバガンを生物兵器ペストノミの生産に利用した』事実が知られている。『毛皮目的の乱獲、ペストの媒介者としての駆除などにより』、『生息数は激減し』ており、一九九〇年代、生息数が一気に約七十%も『減少したと推定されて』おり、『モンゴルでは』一九〇六年から一九九四年の八十八年間に、少なくとも、一億二百四十万枚のシベリアマーモット毛皮が狩猟・調達されたとされる。『モンゴルでは法的に保護の対象とされているが、実効的な保護対策は行われていない』とある。
「獺〔(かはうそ)〕」本邦のそれは日本人が滅ぼしたユーラシアカワウソ亜種亜種ニホンカワウソ Lutra lutra nippon。「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 獺(かはうそ)(カワウソ)」を参照されたい。
「濕」湿気。]
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