和漢三才図会巻第四十(末) 獸之用 角(つの)
つの 角
【和名豆乃】
䚡【音顋】
【和名古豆乃】
角【音覺】
觘【音鈔】
【和名沼大波太】
△按角獸頭上出骨也角中骨曰䚡【和訓古豆乃】角上浪皮曰
觘【和訓沼大波太】曲骨曰觠【音權】以角觸物曰觝【與牴同和名豆木之良比】觸
字本作※作觕會意
[やぶちゃん注:「※1」=(上)「角」+(下)「牛」。]
本綱羚羊角耳邊聽之集集鳴者良然今牛羊諸角但殺
之者聽之皆有聲不羚羊自死角則無聲矣
煑角作噐法 事林廣記云地骨皮牙硝柳枝與角同煑
水則柔輭如土以作噐再以甘草水煑堅硬【鹿角之下亦有之】
鹿角切浸水久則柔也鹿角之用甚多
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きば
牙【音】
[やぶちゃん注:以下の内二行は原典では標題下にある。]
猛獸牙之纖利曰※2【所賣切】事林廣記云煑象牙
[やぶちゃん注:「※2」=(「刹」-「刂」)+「閃」。]
與木賊水同以砂鍋煑之水減則加熱水煑三
伏時卽柔用作噐再以甘草水煑之堅硬
*
つの 角
【和名「豆乃」。】
䚡〔(さい)〕【音「顋」。】
【和名「古豆乃〔(こづの)〕」。】
角【音「覺」。】
觘〔(せう)〕【音「鈔」。】
【和名「沼大波太〔(ぬたはだ)〕」。】
△按ずるに、角は、獸の頭の上に出づる骨なり。角の中の骨、「䚡」【和訓「古豆乃」。】と曰ひ、角の上の浪〔打ちたる樣なる〕皮を「觘」【和訓「沼大波太」。】と曰ひ、曲れる骨を「觠〔(けん)〕」【音「權」。】と曰ひ、角を以つて物を觸(つ)くを「觝〔(てい)〕」【「牴〔(てい)〕」と同じ。和名「豆木之良比〔つきりらひ〕」。】と曰ふ。「觸」の字は、本(〔も〕)と、「※1」に作り、〔また、〕「觕」に作り、〔これ、〕會意〔なり〕。[やぶちゃん注:「※1」=(上)「角」+(下)「牛」。]
「本綱」、『「羚羊〔(れいよう)〕の角を耳の邊りに〔當て〕之れを聽くに、「集集(しゆつしゆつ[やぶちゃん注:ママ。オノマトペイア。])」と鳴る者、良し」〔と言へど〕、然れども、今、牛・羊の諸角――但し、殺(ころ)したるの者――之れを聽くに、皆、〔その〕聲、有り。羚羊のみならず、自死の角〔(つの)〕のには、則ち、聲、無し』〔と〕。[やぶちゃん注:以上の時珍の文章(以上総ては「本草綱目」の巻五十一上の「獸之二」の「麢羊」の「集解」の一節)では明らかに部分挿入をして述べているので、今までやったことのないダッシュを用いて示した。]。
角を煑〔(に)〕て噐〔(うつは)〕を作る法 「事林廣記」に云はく、『地骨皮〔(ぢこつぴ)〕・牙硝・柳の枝を角と同〔じくして〕水に煑〔れば〕、則ち、柔輭〔に成ること〕[やぶちゃん注:「輭」は「軟」の本字。]、土のごとくにしして、以つて噐に作り、再たび、甘草水を以つて煑れば、堅硬〔と成れり〕【鹿角の下にも亦、之れ、有り。[やぶちゃん注:次の一行がそれであろう。]】』〔と〕。
『鹿の角は、切りて、水に浸〔すこと〕久しきときは、則ち、柔なり。鹿角の用、甚だ多し』〔と〕。
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きば
牙【音[やぶちゃん注:欠字。]。】
猛獸の牙の纖(ほそ)く利(と)きを「※2〔(さい)〕」「所」「賣」の切。】「事林廣記」に云はく、『象牙を煑るに、木賊(とくさ)水と同じく〔して〕、砂鍋を以つて之れを煑る。水、減ずるときは、則ち、熱水を加へて、煑ること、三伏時[やぶちゃん注:三日。三昼夜。]、卽ち、柔なり。用ひて、噐に作り、再たび、甘草水を以つて之れを煑れば、堅-硬(かたま)る』〔と〕。[やぶちゃん注:「※2」=(「刹」-「刂」)+「閃」。]【
[やぶちゃん注:「會意」漢字の成り立ちを分類する六書(りくしょ)の一つ。二字以上の漢字を組み合わせて、同時にそれぞれの意味をも合わせて一字の漢字とすること。「日」+「月」=「明」、「女」+「取」=「娶」(めとる)などのケース。
「羚羊〔(れいよう)〕」「かもしか」とも訓読出来る。狭義の中国に棲息する「羚羊(かもしか)」となると、獣亜綱偶蹄目反芻亜目ウシ科ヤギ亜科カモシカ(シーロー(英名:serow))属 Capricornis の内で、シーロー亜属スマトラカモシカ(シーロー・ヒマラヤカモシカ)Capricornis sumatraensis(パキスタン北部・インド北部・中国南部・タイ・ミャンマー・スマトラ島などに分布。本種には別に Capricornis milneedwardsii・Capricornis rubidus・Capricornis thar の三亜種がいるらしい)。詳しくは「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 麢羊(かもしか・にく)・山驢(カモシカ・ヨツヅノレイヨウ)」の私の注を参照されたい。
「事林廣記」南宋末から元代にかけて、福建崇安の陳元靚(ちんげんせい)が著した日用の百科事典タイプの民間書籍。ウィキの「事林広記」によれば、『当時の民間の生活に関する資料を大量に含んでおり、かつ挿絵入りの類書という新しいジャンルを切りひらいた。わかりやすいために、広く普及した』。同書は記載中の『「帝系」の項に』、『「大元聖朝」の一節があり、そこに「今上皇帝中統五年」(』一二四六『年)「至元万万年」』『とあることから、元初のフビライの中統年間から至元年間のはじめ(』十三『世紀中ごろ)に書が完成したことがわかる。この本の原刊本は』既に『失われており、現在は元・明の刻本および和刻本などが知られているが、いずれも増改を経ている』。『元の時代の百科事典として、まず元朝の領域を示した「大元混一図」を置いている。その中に』、『元の上都・大都が描かれている。ついで』、『元朝の郡邑・蒙古字体・パスパ文字』(中国語「蒙古新字」「八思巴字」。十三世紀にモンゴル語など、大元ウルス(元朝)の各種言語表記に用いるために制定された表音文字。上から下へと縦に綴る。「方形文字(ほうけいもじ)」とも呼ばれる)の「百家姓」(伝統的な中国の教育課程に於いて子供に漢字を教えるための学習書の一種。中国の代表的な漢姓を羅列してあるだけの内容だが、「三字経」・「千字文」と同様に韻文の形式で書かれてある)や『元の官制・元の交鈔貨幣・元の皇帝などを順次』、『紹介している。それから元の市井生活および市民生活の常識を紹介しているが、そこでは』、『生活類百科事典ではじめて挿絵を使用している。挿絵には元の騎馬・弓術・拝礼・車両・旗幟・学校・先賢神聖・孔子・老子・昭烈武成王・宴会・建築・囲碁・シャンチー』(象棋。中国及びヴェトナムで盛んな将棋の一つで、二人で行うボード・ゲーム)『・投壺・盤双六・打馬(ダイスゲームの一種)・蹴鞠・幻術・唱歌などがあり、元の歴史や社会生活を研究する上』で、『一級の視覚的資料となっている』。『パスパ文字で書かれた百家姓に多くの紙幅をさいており、かつ「蒙古字体」の説明を行っている。パスパ文字は後世』、『使用されなくなり、元の滅亡後は廃棄されたため、このパスパ文字百家姓はパスパ文字の実物を残すものとして重要である』とある。
「地骨皮〔(ぢこつぴ)〕」被子植物門双子葉植物綱ナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense の根皮。漢方で清涼・強壮・解熱薬などに用いる。「枸杞皮(くこひ)」とも呼ぶ。
「牙硝」不詳。「馬牙硝」(ばがしょう)ならば、硫曹石を再結晶させて精製した、天然の硫酸ナトリウムの水和物。「芒硝(ぼうしょう)」とも呼ぶ。漢方薬では乾燥させた硫酸ナトリウムが便秘の際の便の軟化に用いられており、また、「おでき」や湿疹による炎症を鎮静させる効果も認められる。
「甘草水」植物のカンゾウ(中国の記載であるから、原産地が中国東北部とされている、双子葉植物綱マメ目マメ科カンゾウ属ウラルカンゾウ Glycyrrhiza uralensis とする)の草体全体か根などの部分か、生か乾燥品か、知らぬが、水に浸して得た水溶液であろう。
「木賊(とくさ)水」植物のシダ植物門トクサ綱トクサ目トクサ科トクサ属トクサ Equisetum hyemale を前注同様に(不明部分も同じ)に処理した水溶液であろう。
「砂鍋」土鍋のこと。]
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