から猫 伊良子暉造(伊良子清白)
か ら 猫
日影のどけき園のうち、
露ににほへる深見くさ、
玉のうてなとてふてふは、
いと樂げにねぶりけり。
玉のうてなとてふてふの、
眠れるさまをから猫は、
いともをかしく怪しげに、
うちながめてぞ居たりける。
ながめながめてゐたりしが、
やがてあしもて追ひにけり。
追はるゝやがててふてふは、
遠くかなたに行きにけり。
行けば追ふなりから猫も、
蝶こよこよとまねぎつゝ、
よべばくるなりてふてふも、
追はるゝこともわすらへて。
來ればおひつゝ追へばまた、
蝶こよこよとまねくなり。
招きつ追ひつ唐猫は、
いと樂げにあそびけり。
くりかへしつゝ唐猫は、
招きつ追ひつゐたりしが、
蝶はつかれて眠りけり、
おなじうてなの花のへに。
猫もつかれて眠りけり、
日影のどけき園のうち、
玉のうてなとてふてふの、
ねぶれる同じした陰に。
[やぶちゃん注:明治二七(一八九四)年七月『少年文庫』掲載。署名は本名の伊良子暉造。]
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