落花 伊良子暉造(伊良子清白)
落 花
須磨でらの、
わたりなるらむ。
かき鳴らす、
ことの音ぞする。
しほ干かた、
とほくなるらし、
いそ千どり、
こゑのはるけさ。
ゆめさめて、
ねながら見れば、
まどしろく、
ひるよりあかし。
ゆきふりて、
つきやてるらむ、
月さえて、
ゆきやてるらむ、
つきとゆき、
いづれがあかき。
このゆきの、
ひかりたのみて、
このつきに、
こゝろうかれて、
あまおとめ、
ことや彈くらし。
小夜ころも、
たもとかさねて、
しばらくは、
まくらを取れば、
いつしかに、
ことは絕えたり。
いそ千どり、
こゑもきこえず。
あまおとめ、
かへり行くらし、
いそちどり、
とほくなるらし。
ゆき分けて、
つきやめづらむ。
ゆきめでゝ、
つきに鳴くらむ。
いつしかに、
ことの音ぞする。
いそちどり、
またきこゆなり。
あまおとめ、
かへり來ぬらし、
いそ千どり、
ちかくなるらし、
ゆきしろく、
つきぞさえたる、
つきしろく、
ゆきぞさえたる。
まくら邊に、
音するはなに、
しづけさを、
やぶりてきこゆ。
かりかねの、
なきつれ行くか、
こひびとの、
おとづれ越しか、
かりがねの、
なきつれくるは、
たがために、
ことづてすらむ。
ふるさとに、
おくれるふみか、
ふるさとゆ、
おくれるふみか、
ふるさとに、
おくれるふみも、
ふるさとゆ、
おくれるふみも、
おしなべて、
なみだなるらむ。
こひびとの、
おとづれこしは、
誰をしのぶ、
こゝろなるらむ。
くさまくら、
むすばむとてか、
たびころも、
あひ見むとてか、
またもおと、
びゞききこえぬ。
まくら邊に、
おとするはなに、
くしき聲と、
細戶にあくれば、
なかそらの、
つきぞかすめる。
くれたけも、
のきのしのぶも、
おしなべて、
かたをも見せず、
眞しろたえ、
うづもれてけり。
流れ來る、
かけひのみづも、
ぬののごと、
しろくそゝげり。
ふかみどり、
こけむすいはも、
またまなす、
ましろにてれり。
ゆめにやと、
おもへばかをり、
ゆきにやと、
おもへど消えず。
いまぞ知る、
まどのあかきは、
ゆきならで、
はなにありけり。
ことの音と、
おもひしこゑは、
磯なれまつ、
びゞくなりけり。
千どりかと、
きゝたるこゑは、
さゞなみの、
おとにありけり。
まくら邊に、
おとづれたるは、
ちるはなの、
ひゞきなりけり。
はるの夜の、
つきのひかりの、
やうやうに、
うすらぎ行きて、
みねのてら、
かねの音すれば、
しのゝめの、
あは路しまやま、
たえたえに、
なみとはなとの、
いろぞ分かるゝ。
[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年三月の『靑年文』掲載。署名は本名の伊良子暉造。三箇所出る「あまおとめ」の表記はママ。
「またまなす」「眞珠成す」。]