和漢三才図会巻第三十九 鼠類 鼷(あまくちねずみ) (ハツカネズミの誤認)
あまくちねずみ 甘口鼠
鼷【音奚】
【和名阿末久
イヰ 知祢須美】
本綱鼷者鼠之最小者嚙人不痛食人及牛馬等皮膚成
瘡至死不覺正月食鼠殘多爲鼠瘻小孔下血者皆此病
也治之以豬膏摩之及食貍肉爲妙
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あまくちねずみ 甘口鼠
鼷【音「奚〔(ケイ)〕」。】
【和名「阿末久
イヰ 知祢須美」。】
「本綱」、鼷は鼠の最も小なる者なり。人を嚙む〔も〕、人、痛まず。〔然れども、〕人及び牛馬等の皮膚を食〔へば〕、瘡〔(かさ)〕と成る。〔然れども、〕死に至るとも、覺へず[やぶちゃん注:ママ。]。正月、鼠の殘(わけ)[やぶちゃん注:齧った食物。]を食へば、多く、鼠瘻〔(そろう)〕と爲る。小〔さき〕孔〔(あな)〕より血を下〔(たら)〕す者、皆、此の病ひなり。之れを治するに、豬(ぶた)の膏〔(あぶら)〕を以つて、之れに摩〔(す)〕り、及び貍〔(たぬき)の〕肉を食ひて、妙と爲る。
[やぶちゃん注:ネズミ科ハツカネズミ属ハツカネズミ Mus musculus の古異名或いは誤認異名。困ったことに、次項の「鼩鼱(はつか)」は「俗に『二十日鼠』と云ふ」と出、良安はそこで強固に「鼷」と「鼩鼱」は別種であり、それを同一とする説を誤りとして退けている。これは恐らく、江戸時代に鼠を飼うことが流行り、多数の変種や品種及び個体間格差を持った個体群や幼・成体が、好事家の間で恣意的に分類されて別種とされてしまった結果と思われる。ハツカネズミについては次で注することとする。但し、一説には、江戸時代の「甘口鼠」「鼷」はハツカネズミではなく、ネズミ科アカネズミ属ヒメネズミ Apodemus argenteus を指すとという主張もある(ウィキの「ハツカネズ正月、鼠の殘(わけ)[やぶちゃん注:齧った食物。]を食へば、多く、鼠瘻〔(そろう)〕と爲る。ミ」の「語源」を参照。但し、その説には「独自研究」の批判が掛けられてある)。さらに言えば、ここで時珍は「正月、鼠の殘(わけ)を食へば、多く、鼠瘻〔(そろう)〕と爲る」と言っているのであるが、この条件は「鼩鼱」が人家家屋内に侵入して人間の食物を齧る家鼠の類であることを示している事実である。ヒメネズミは野鼠の一種であって家鼠ではないのである。既に述べた通り、本邦の「家鼠」はドブネズミ・クマネズミ・ハツカネズミの三種のみであるのである。
「甘口鼠」この和名は噛まれても痛くないことに由来する。しかし「廿日鼠」という漢字表記との類似を見るにつけ、私はやはりハツカネズミ同一説を採りたくなる。
「鼠瘻〔(そろう)〕」頸部等のリンパ腺が腫脹する症状を指す。結核菌感染による頸部リンパ節の慢性的なそれは「瘰癧(るいれき)」とも呼ぶ。また、「小〔さき〕孔〔(あな)〕より血を下〔(たら)〕す者」というのは、瘰癧で腫脹部が潰れた後、そこに穿孔が生じ、智や膿がじくじくと流れ出る症状を指している。なお、ここより前の前半部の部分は、明らかに前に注した「鼠咬症」(「鼠咬症スピロヘータ感染症」或いは「モニリホルム連鎖桿菌感染症」)の症状を指している。]
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