花賣り 伊良子暉造(伊良子清白)
花 賣 り
いとも長閑けき春の目に、
少き乙女のたゞひとり、
都大路のをちこちを、
花よ花よとあはれにも、
行きつ戾りつよばふなり、
朝とくよりもくるゝまで。
みち行く人のをりをりに、
きのふまでこしなが母の、
こぬはいかでと尋ぬれば、
いとかなしげに乙女子は、
淚うかべてなかなかに、
たえていらへもせざりけり。
されど乙女はやさしげに、
花よ花よといつ見ても、
來らざる日はなかりけり、
おなじ大路をたゞびとり、
行きつ戾りつしかすがに、
こゑはあはれにかれがれて。
さるを乙女はこのころは、
あはれいかにやしたりけむ、
たえてくることなかりけり、
小瓶の花はうるはしく、
きのふもけふもをとゝひも、
さかり久しくさきぬれど。
[やぶちゃん注:明治二七(一八九四)年十月の『少年文庫』掲載。署名は本名の伊良子暉造。十一年後の明治三六(一九〇三)年二月発行の『文庫』初出の「花賣」(手を加えて「孔雀船」に収録)があるが、無論、全くの別物である。]