我等なほ戰はん ツルゲエネフ(生田春月訳)
我等なほ戰はん
實に何でもない事が、時とすると人間をまるつきり變へてしまふものだ!
憂愁の思ひに暮れて、或日私は街道(かいだう)を步いてゐた。
私の心は重苦しい氣遣はしい感情に壓し附けられ、意氣沮喪の極に達してゐた。ふと頭(かしら)を擡(もた)げると……私の前には二列の高い白楊の間を街道(みち)は矢のやうに遠く走つてゐる。
そしてそれを越えて、その道越えて、十步ばかり彼方(むかう)に、夏の眩しい太陽の黃金の光の中を、一群れの雀が列をつくつて飛んでゐた、遠慮氣もなしに、をかしげに、自ら恃(たの)むところがあるやうに!
とりわけてその中の一羽は、必死の力を籠めて、わき道をはね、小さな胸をふくらまし、倣然として囀つてゐた。まるで何一つとして恐ろしいものがないと言ふやうに! 實に健氣(けなげ)ま小戰士ではある!
しかも其時、空高く一羽の鷹が輪や描いてゐて、その小戰士を餌食(ゑじき)にしようとする風であつた。
私はそれを見て、笑みをうかべ、身ぶるひして、憂愁の念は忽ち消え失せた。勇氣、剛膽、生存慾、ふたたび私の胸に還(かへ)つて來た。
我が上にも、飛べよ我が鷹……
我等もまた更に戰はう、何の恐ろしいことがあるものか!
一八七九年十一月
[やぶちゃん注:「我が」は原典では「◦」の傍点。今までの注の「ヽ」の傍点を太字としていたので、かく差別化しておいた。]