若布採り 伊良子清白
若布採り
嶋の二月(ぐわつ)は
若布採(わかめと)り。
若布採る日の
寒凪(かんなぎ)に、
海はちらちら
雪催ひ。
わかめ苅るとて
鎌(かま)次(す)げて、
すげた鎌の刅(は)
船首(みよし)にひかる。
夜明け千鳥の
磯めぐり。
島の二月は
若布採り。
雪の降る日の
薄くらがりに、
つめたい覗(のぞ)き箱(はこ)
波が越す。
やんれ、波越す
船(ふな)ばたに、
あがる若布の
淺みどり。
淚(なみだ)垂(た)るやうな
うしほの雫。
島の二月は
若布採り。
山は南(した)うけ、
なぞえのほし場(ば)。
若布かけたよ、
日和雲(ひよりぐも)。
風も眼を持つ
繩のはし。
まだ如月(きさらぎ)の
日脚(ひあし)は早く。
わかめほす手の
やれさて忙(せは)し。
註 覗き箱は四方を硝子張に密閉した龕灯がたの箱、
海底を窺ふに用ふ。
[やぶちゃん注:底本で昭和六(一九三〇)年一月に推定された『むれ星』(第四巻第二号。東京中央電話局発行の雑誌か?)に掲載。署名は「伊良子清白」。同年四月二十日の詩人協会編アトリエ社刊のアンソロジー「一九三一年詩集」に再録(但し標題は「若布採」)。底本では数字を除く総ルビであるが、五月蠅いので、私の判断で必要と感じた部分だけのパラルビとした。「すげた鎌の刅(は)」の「刅」(刃)は底本では右の点はない字体である。「なぞえ」はママ。
「鎌(かま)次(す)げて」「挿げる」「箝げる」で、「枘(ほぞ)に嵌め込む」の意。海底から立ち上るワカメの仮根部分から上を掻き採るために長い竿の先に鎌を装着した漁具のそれである。
「南(した)うけ」既注。南風の異名と採る。
「なぞえ」斜面。歴史的仮名遣は「なぞへ」が正しい。
「覗き箱は四方を硝子張に密閉した」正直、一読、変な感じがする。私も嘗つて、能登の狼煙(のろし)の漁師の栄螺獲りに同乗させて貰ってそれを使用したことがあるが(バケツ一杯獲れた)、ワカメ刈り等に用いる覗き箱は、四方が板張りで底だけが硝子張りになっていて、覗くこちら側は無論、何もないのが普通ではないか? 四方も硝子張りにしたのでは強度が低下して壊れ易くなるし、水中の四方部分が硝子張りである必要性は私は全くないと思うのだが? これが正しいと言われる方は御教授あられたい。
「龕灯がた」「がんどう」型。「強盗提灯(がんだうぢやうちん(がんどうぢょうちん))」のことであろう。銅板・ブリキ板などで釣鐘形の枠を作り、中に自由に回転出来る蝋燭立てを取り付けた提灯。光が正面だけを照らすので、持つ人の顔は見えない。]