岩波文庫本のはしに 清白(伊良子清白) / 岩波文庫版詩集「孔雀船」の序
岩波文庫本のはしに
阿古屋の珠は年古りて其うるみいよいよ深くその色ますます美(うる)はしといへり。わがうた詞拙く節(ふし)おどろおどろしく、十年(とゝせ)經て光失せ、二十年(はたとせ)すぎて香(にほひ)去り、今はたその姿大方散りぼひたり。昔上田秋成は年頃いたづきける書深き井の底に沈めてかへり見ず、われはそれだに得せず。ことし六十(むそ)あまり二つの老を重ねて白髮(しらが)かき重り齒脫けおち見るかげなし。ただ若き日の思出のみぞ花やげる。あはれ、うつろなる此ふみ、いまの世に見給はん人ありやなしや。
ひるの月み空にかゝり
淡々し白き紙片(かみびら)
うつろなる影のかなしき
おぼつかなわが古きうた
あらた代の光にけたれ
かげろふのうせなんとする
昭 和 十 三 年 三 月
淸 白 し る す
[やぶちゃん注:昭和一三(一九三八)年四月五日岩波文庫刊の詩集「孔雀船」に添えられた再序。かの献辞「故鄕の山に眠れる母の靈に」の次の次(左ページ)に記され、既に電子化した昭和四年三月クレジットの梓書房版の詩集「孔雀船」再版の「小序」が次の次(左ページ)に記されてある。
ここでは底本は岩波版全集ではなく(そちらは漢字が新字)、所持する岩波文庫の原本を用いた。]
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