那智瀑布賦 すゞしろのや(伊良子清白)
那智瀑布賦
飛べるににたる、
紀のくにの、
右の翼の、
みどり羽に、
たゞひといろを、
まじへたる、
瀧の白羽を、
ぬきてこむ。
うすくれなゐの、
夕ばえに、
うつれる杉を、
ながむれは、
兒らがせおへる、
草のごと、
みどりの色は、
山にみつ。
かぜはしづかに、
そら澄みて、
西にうごける、
新星の、
ひかりのうへぞ、
眞白なる、
瀧の岩ぶち、
そびえたる。
み谷のおくの、
眞榊の、
五百枝さやかに、
あらはれて、
白雲しつむ、
ひむがしの、
嶺にたゞよふ、
ひかりはも。
月さしのぼる、
むかつをに、
やまほとゝぎす、
なきとよみ
うらおもしろき、
夏の夜を、
ひとりさまよふ、
山祇よ。
熊野にかへれ、
久方の、
天のうたげの、
花むしろ、
こよひは那智に、
ひらけむと、
森陰深く、
つたへ行く、
瀧の谺の、
幽かなり。
[やぶちゃん注:本篇は明治三一(一八九八)年八月二十日発行の『文庫』掲載。署名は「すゞしろのや」。「ながむれは」の清音はママ。
「むかつを」上代語。「向かつ峰」「向かつ丘」で「向かいの丘・山・山嶺」。「つ」は「の」の意の上代の格助詞。]
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