小詩三篇 伊良子清白
小詩三篇
帆 影
朝に來て浮木をひろひ
夕に出て寄藻(よりも)を燒きぬ
海士の子のすまひにをれば
貝がらに臥するも同じ
沖の方城廓(じやうかく)湧きぬ
須臾(すゆ)にしてまた沈み行く
帆づたひに漂ふ海を
眺めつゝ今日も暮しぬ
い ま は
くだ物落ちぬさと漏るゝ
水のきほひに流れつゝ
月の光はかげ射しぬ
うれはしげにもをののきて
野の深林(ふかばやし)濕やかに
かをる一つの香をかげば
あえかの人の面影も
最後(いまは)の腕に觸れずやは
風雨の後
雷(いかづち)默(もだ)し風雨(あらし)休(や)みて
天の大野は光滿ちぬ
焰の窓より落つる流
雲の盤溫(うづま)に爛(ただ)れ入りぬ
背(そびら)の鋒杉風を帶びて
峰路の景色は未だ止まず
隼(はやぶさ)斜(ななめ)に羽を伸して
日の入る彼方に翔り飛びぬ
[やぶちゃん注:明治三九(一九〇六)年十二月三日発行の『金箭』(雑誌か。底本は当該初出ではなく、転載で、書誌データが附帯しない)に掲載。署名は「伊良子清白」。]