ゆく春三章 伊良子清白
ゆく春三章
ほのぼの遠き
ほのぼの遠き海の果
白帆はすぎて春山幾日(いくひ)
椿は落ちぬ音もなく
岩の峽間(はざま)の波のうへ
躑躅(つゝじ)花燃え山煙り
鷗(かもめ)叫びて海靑し
いそのこちごち霞立つ
春のわかれの浪の音
東の、東の
東(ひんがし)の、東(ひんがし)の
見えざる遠(とほ)に伊豆はあり
伊豆の七島(なゝしま)まぼろしの
沖のとよもす潮騷(しほさゐ)は
そなたよりこそきこえくれ
牡丹繪がける鰹舟
燒津(やいづ)のふねも往くらんか
磯のかけぢの
磯の懸路(かけぢ)の
夜の空は
星影淡(あは)く
波靜か
漕ぎ囘(た)む舟の
櫓の軋(きし)み
夜網揚ぐるか
岸づたひ
ぬすむがごとき
水の音
[やぶちゃん注:昭和一四(一九三九)年六月一日『花椿』(第三巻第六号)に掲載。署名は「伊良子清白」。この年、伊良子清白六十二歳。
「懸路(かけぢ)」原義は「険しい道」であるが、近世、崖の中腹に懸けた桟道の意でも用いた。ここは後者で私はとる。
「囘(た)む」マ行上二段活用の上代よりの古い自動詞。「ぐるりと巡る」の意。]
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